2004年ドイツ旅行日記

2004年2月12日 ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

 今回初めて弟子の伊藤と共にドイツにやってきました。いつもはKLMやSAS等を使ってドイツに来るのですが、今回はオーストリア航空です。航空運賃が往復で\67,000くらいととても安かったからです。今までも8万円位でしたらあったのですが、6万円台のチケットは初めてです。いくら冬のオフシーズンとはいえ、これは安すぎないでしょうか?国内旅行会社にはたまったものではありません。もちろん私としてはより安い方が有り難いのですが・・・。「ちょっとウィーンへコンサートを聴きに」というのも、経済的な面では現実になりました。

 今回のドイツ旅行の目的は、ヴァイオリン関連の業者を訪ねて商品の仕入れをすること、知人の製作者の工房を訪ねること、そして弟子の伊藤のためにヴァイオリン関連の博物館を廻ったり、または道具屋などを廻ることです。従って、いつも私一人で旅をするのよりも、多くの日程になりました(もっともそれでも10日間ですが)。

事前準備
 持参するのは記録用の一眼レフデジタルカメラ、デジタルビデオカメラ、パソコンなどです。2人で分担して持って行ったとはいえ、けっこうな荷物になってしまいました。デジタルカメラなどはもっとコンパクトなタイプもありますが、私の今までの経験上、コンパクトタイプのデジカメでは本格的な記録用の撮影には厳しいからです。もちろん家族の記念写真でしたらそれでも十分なので、普通の旅の撮影でしたらコンパクトデジカメをお勧めします。ちなみに写真撮影は全て伊藤に任せました。
 パソコンはいつもの通り、モデムでインターネット接続したり、または飛行機の待ち時間に仕事をするためです。最近は無線LANでインターネット接続をするサービスも少しずつ広がっていますが、それでも接続サービス会社が異なったり、なかなかどこでも利用できるという環境はまだまだ先です。ドイツへの出張においては、まだまだモデムとインラインカプラーが必需品です。今回もこれらが大活躍しました。
 もっとも、単にインターネットで調べものをする場合にはインターネットカフェの方が快適です。また値段も1時間1ユーロ位なので、ホテルからモデムで接続するよりはよほど便利なのです。もちろんWebメールも利用できますが、これは日本語入力という面で限界があります(全く不可能というわけではありません)。

 事前準備として私がお勧めするのは、旅の時刻表を事前に調べて印刷しておくことです。初めての土地への旅行でも、電車番号から到着、発車ホーム、そして乗り継ぎ時間、価格などが一覧で表示されます。これによって無駄のない旅が可能になるのです。
 ドイツでの旅の場合にはDB(ドイツ鉄道)のホームページで日本からすべて検索可能ですから、ぜひ調べてみてください。
 なお、長距離移動の場合にはジャーマンレールパスを使うのが効率的です。特に複数人数の場合には割安となります。しかしドイツには「バイエルン周遊券」とか「週末チケット」とかの割安なサービスもありますから、事前に日本から調べて計画を立てるのが重要なのです。

いつものように成田空港の待ち時間にメールチェック

ニュルンベルグ
 今回はマルクノイキルヒェンへ行く目的がありましたので、そこに一番近いと思われるニュルンベルク空港にウィーン経由で降りることにしました。ニュルンベルクに特に目的はなかったのですが、今回は弟子の伊藤君も一緒だったので、この機会にニュルンベルクの国立博物館へ行くことにしました。ここの博物館は名前は「国立ゲルマニッシュ博物館」という名前でお堅いのですが、ドイツ系の弦楽器もなかなかの品揃えなのです。
 よくドイツ系のヴァイオリン(ひとまとめでチロルヴァイオリンとさえ間違って呼ばれることも多い)は、ニスが黒くて作りが雑だと思われていますが、これは業者が作り出したいい加減な情報なのです。きちんとした手工ドイツ楽器は綺麗なものです。この博物館に展示されている弦楽器(ヴァイオリン、ギター、リュート)を見るとそれがわかります。もちろん、それらがストラディヴァリと同等だとか言うつもりは全くありませんが、安物の質ではないのです。

ドイツのホテルの朝食はとても美味しいです

ニュルンベルクの国立博物館

弦楽器以外の楽器も多いです

マルクノイキルヒェンとアドルフ
 この地が最近まで東ドイツだったということもあり、日本ではあまり知られていませんが、ここはミッテンヴァルトと並んでドイツの2大ヴァイオリン生産地です。この辺りの歴史に関しては私の師匠の無量塔藏六氏が非常に詳しので、詳しいことは彼の著書、雑誌連載記事を読んでください。現在もこの辺りに関しての最新の執筆中らしく、私もそのゲラを読ませてもらいましたが、既に多くの人が知っているイタリアのヴァイオリン製作以外のヨーロッパの製作地の歴史を知ることで、大きな視点からヴァイオリンの流れを感じることができるのです。
 話しは少し逸れてしまいましたが、今回の私の話しはそこまで大げさなものではありません。旅日記です。
 実は、私はマルクノイキルヒェンへ行くのはこれが初めてだったのです。というのは、私がドイツに住んでいたときにはドイツ統一したばかりでの頃で、まだ旧東ドイツは治安などの面で気軽に足を運べる雰囲気ではありませんでした。無量塔藏六親方みたいな慣れた人との旅行でしたらそれも可能ですが、その機会がなかなか無かったのです。ドイツに住んでいた頃は閑さえあれば妻と車でヨーロッパのあちこちに出かけていましたが、旧東ドイツには1回しか足を踏み入れたことがありませんでした。
アドルフ
 今回私はマルクノイキルヒェンの隣町のアドルフに用があったので、ここの地でホテルを探すことにしました。このアドルフという町はフォクトランドバーンというローカル線(電車は新車で立派でした)が走っている町です。マルクノイキルヒェンにはこの町からバスで行くのです。
 いざアドルフ駅に着いてみて驚いたのは駅の目の前にバス停しか無かったことです。駅は大きいのですが無人駅みたいだし、ホテルの案内もタクシーもありません。冬はオフシーズンだからかもしれませんが、とにかく人がいないのです。そこでどうにか人を見つけてホテルの位置を訊きました。そうしたら駅から歩いて3〜5分くらいの所にあるとのことで、そのホテルを訪ねました。
 そのホテルは1階が飲み屋になっている、よくドイツにあるタイプのホテルですが、建物がまさに旧東ドイツの古さです。オフシーズンだったので部屋は空いていて、ホッとしました。部屋はドイツ統一後に西側の観光客に来たもらうために急遽、暖房やトイレ、シャワー、排水を改造したというのがうかがい知れ、このホテルの中だけでもドイツ統合の流れ、生活の変化をうかがい知ることができました。
 一応このホテルの情報を書いておきます。部屋は2人で32ユーロ(朝食は別ですが、今回は朝食込みで32ユーロにしてくれました)。部屋は古いのですが清潔で、お湯も熱いのが出ました。テレビもありました。朝食はとても美味しく、女主人(?)にとても親切にしてもらいました。

プラウエンでこのフォクトランドバーンに乗り換え、アドルフへ向かいます

アドルフ駅は結構大きいのに無人でした

ホテル・ビクトリア(駅前のバスターミナルを目の前にして、線路に沿って右へ3〜4分くらい歩いた所にあります

マルクノイキルヒェン
 アドルフの駅前からは結構頻繁にバスが出ています。この「クリンゲンタール行き」のバスに乗ればマルクノイキルヒェンに行けます。チケットはバスの中で買います。片道1.5ユーロくらいだったと思います。そしてものの15分くらいでマルクノイキルヒェンに着きました。
 マルクノイキルヒェンは私が想像していた以上に大きな町でした。町のあちこちに"Musik〜"という言葉が書かれていて、この地を音楽の町として町興ししようという地元の意気込みが感じられました。最近では毎年音楽コンクールが開催され、日本でも徐々に知られるようになっています。また、ヴァイオリン製作の学校を創設したり、そのような話題は知っていました。私の知人(ドイツ人)もこの地のマイスターコースに行ったのです。
 そのようなマルクノイキルヒェンですが、治安は良くありません。町のあちこちのガラスは割れていて、また若者(小学生?)がタバコをせびりに来たりもしました。10年前くらい前にこの地を尋ねた、私の知人でやはりヴァイオリン製作マイスターの庄司氏が、「治安が悪くて不気味だった」と話しをしてくれましたが、何となくわかります。ただ、現在は当時と比べてはるかに良くなっているのでしょう。身の危険を感じるとか、そういうことは全くありません。冬以外の季節には、もっと雰囲気も良く感じられるかもしれません。
 ちなみにこの町もバス停の近くにホテルのインフォメーションとかがないので、行き当たりばったりで行くのは辛いかもしれません(特に冬は)。

 マルクノイキルヒェンでのお勧めは楽器博物館です。ドイツのそれもザクセン系のヴァイオリン製作者の事に詳しくなければ初めて聞く製作者名ばかりと思いますが、良い出来の楽器は素晴らしいものでした。先に述べたニュルンベルクの博物館でもそうですが、「きちんとしたドイツ楽器」というものの質がわかると思います。いわゆる「量産工場製品」とは全く違うのです。
 この楽器博物館もミッテンヴァルトのヴァイオリン製作博物館程度のものかと思っていたら、なかなかどうして立派なものでした。マルクノイキルヒェン周辺はヴァイオリン以外の楽器(管楽器とかギターとか)の生産地としても有名なので、この博物館にはヴァイオリン以外の楽器の展示もありました。

 なおこれはミッテンヴァルトなど

マルクノイキルヒェンは想像していた上に大きな町でした

マルクノイキルヒェンの楽器博物館

チェコを経由して再びニュルンベルクへ
 ミュンヒェンへはザクセン州のアドルフからチェコ経由でマルクトレトヴィッツという町に行き、そこからニュルンベルク→ミュンヒェンへと向かいました。実は、私は乗っている電車がチェコ国境に入るとは知らなかったのです。しかし途中からパスポートチェックがあったり税関のチェックがあったり(以前の西ヨーロッパでは当たり前の光景ですが、最近は珍しくなりました)、聞き慣れない言葉の乗客が増えたりして、初めて気が付きました。別に悪い事をしているわけではないのですが、この「パスコントロール」は何度体験しても嫌なものです。
 私はドイツ統一直後の「生活、物価の激動期」にまさにドイツで生活していましたので、「旧東諸国」の風景や建物、生活に触れて、自分がドイツに住んでいた頃の事を懐かしく想い出してしまいました。一緒に行動していた伊藤君は、私が古い建物や駅を見るたびに「まさに旧東〜!」と言うので、違和感を感じた事と思います。
ミュンヒェン
 ミュンヒェンは飽きるほど行っている街なのですが、今回初めて体験した事があります。それは「街が賑やか〜!」という感じです。旧東ドイツのそれも田舎の方から直接ミュンヒェンへ行ったので(それも到着したのが人で賑わう土曜日の夕方でした)、これほどミュンヒェンが都会に感じた事はありません。

 さてミュンヒェンに関してですが、今回は市立博物館とドイツ博物館の楽器展示コーナーについて書いてみます。
 ミュンヒェン市内観光を行った方で、市立博物館へ行った方は少ないと思います。この博物館はあの有名な「踊りを踊っている躍動的な木彫りの彫刻」がある博物館です。この彫刻はミュンヒェン市を表現する上で必ず出てくるくらい、ミュンヒェンの顔なのです。
 さてその博物館ですが、楽器の展示コーナーもあります。ここは主に民族古楽器がメインではありますが、なかなか興味深いです。ニュルンベルクの博物館と比べてしまうと小規模ですが、ミュンヒェンへ行った方は是非寄って見てください。日曜日には無料で見る事ができます(上記の彫刻部門は有料です)。ちなみにこの博物館は撮影禁止でした。
 面白かったのはこの博物館の弦楽器フロアで、公開レッスンを行っていた事です。博物館が音楽演奏に関わっている(それもコンサートではなく、演奏の教育の方に)など、さすがクラシック音楽が生活に根ざしている国だと感じました。

 次はドイツ博物館について書きます。ドイツ博物館に関してはこれまでに何度か書いた事がありますが、技術系、科学系が好きな方は是非行ってみてください。「ここを見ずには死ねない」といった感じです。なお見学には最低でも3時間、できれば1日のスケジュールを空けておくべきです。
 さてドイツ博物館の楽器コーナーですが、さすがに技術系の博物館だけあって展示楽器も「管楽器の空気の通り方」とか「ピアノの鍵盤機構の変遷」とか、普通の博物館の楽器展示方法とは異なっています。もちろん普通の楽器展示もあります。
 私が面白いと思ったのは楽器展示コーナーの一番奥にある「音響実験コーナー」なのです。小さな展示コーナーですが、他にはない興味深いコーナーです。少々子供だましの所もありますが、このような展示を行うのはなかなかできる事ではありません。
 ・・・・ところが今回行ったところそのほとんどは休止中でした。

ミュンヒェンは賑やかでした

伊藤君とバイエルン料理を食べたのですが、量が多くて、最後は少し気持ち悪くなってしまいました。

ドイツ博物館の音響実験小コーナーのひとつ

ミッテンヴァルト
 「ミッテンヴァルト」というとヴァイオリン製作の町として知られていますが、しかし実際に行ってみるとクレモナのようにあちこちにヴァイオリン工房があるわけではありません。「アルプスの山の麓の小さな町」という感じです。もちろん町を隅々まで知ると、小さな町の割にヴァイオリン製作の工房が多く存在しているのですが、楽器店という店構えではないので普通に観光に行っただけではその工房さえも見つける事は不可能でしょう。
 もしもミッテンヴァルトを訪ねたとしたら、まず「ヴァイオリン」は忘れてください。そしてこの町の素晴らしさを楽しむことをお勧めします(冬は厳しいですが)。時間をかけてヴァンデルン・コースを歩いてみてください。小さな湖があったり、またその湖畔でコーヒーを飲んだり、また、天気が良いときには目の前にそびえるカルヴェンデル山にロープウェイで登るのです。そして山頂(山小屋のもう少し上の頂き)で何にもしないで、ポケーっと座っていてください。とても素晴らしい時間を感じる事ができます。何もドイツまで行ってわざわざそんな事を・・と思うかもしれませんが、これほどの贅沢な時間の過ごし方はないと、私は思えるのです。

 さて、ヴァイオリンにもどります。ミッテンヴァルトの知人や業者を紹介したい気持ちが無いわけではないのですが、しかし一般の観光客がそこを訪ねてしまうと仕事の邪魔になってしまいます。従って私は一切の紹介は致しません。もしも楽器の購入などを考えている人でしたら、ご自分で住所などの情報を仕入れて訪ねてみてください。しかし観光ついでにという気持ちでしたら、できるだけそのような「仕事の邪魔」はしないでくださいというのが私の正直な気持ちなのです。親切な人ばかりなので、嫌な顔をしたり追い返したりする事は無いのですが・・・。
 次にミッテンヴァルトのヴァイオリン製作博物館ですが、とても小さくて素朴なものですからあまり過度の期待はしないで訪ねてください。ただ、専門的な目で見ると興味深い資料や楽器が展示されています。何もミッテンヴァルトだけの話しではないのですが、さすがにヴァイオリンの歴史の深さを感じさせます。このような地域に根ざした楽器の展示物は日本では見る事のできない物です。
 ミッテンヴァルトの博物館で興味深いのは、現代の製作者の楽器も展示している事です。名器だけではなく、最近の製作者の楽器を見るのも面白いものです。
 ミッテンヴァルトの博物館はこのような感じなのですが、今回は建物の改築中のために休館でした。2004年4月くらいまで休みのようです。

教会前のマティアス・クロッツ像

ミッテンヴァルトのヴァイオリン製作博物館(今回は休館中でした)

J.カントゥーシャ氏の工房にて。80才ですが元気に仕事をしています。
最近ドイツの大統領から勲章をもらったそうです。

博物館での写真撮影について
 これはヴァイオリン関連だけの話しではありませんが、基本的にヨーロッパ(私の経験した範囲)の博物館では写真撮影は可能です。しかし禁止の所もありますから、まずは係員に尋ねてから撮影した方が良いと思います。
 撮影時には三脚とストロボは厳禁のはずです。特にストロボは多量の赤外線を出し、展示物を傷めてしまうのだそうです。従ってコンパクトタイプのカメラを使って撮影中に自動的にストロボが焚かれてしまうと大顰しゅくです。係員が跳んできてこっぴどく怒られますので、特にコンパクトカメラ所有の方は注意してください。
 さて楽器の撮影についてですが、博物館内は暗く、しかもガラス内に展示されていますから撮影は非常に厳しいです。私の経験ではコンパクトタイプのカメラではピントを合わせるのが難しくて旨く撮影できません。また銀塩一眼レフカメラも、暗さという意味で撮影が難しいです。
 今回は伊藤君がデジタル一眼レフカメラを持って行ったので、以前に撮影を試みたときよりもずっとまともな撮影が可能になりました。ISO800でもかなりノイズのない撮影ができるのです。さらにデジカメなので失敗撮影が瞬時に確認できるという事も素晴らしいです。便利になったものです。もっとも、だからといってあまりバシャバシャ音をたてて撮影していると怒られるかもしれませんが・・・。

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