紫外線撮影用のレンズ考察

2012年11月23日 ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

紫外線撮影の波長と用途

 特殊撮影には様々な方法が存在しますが、その中でも「赤外線撮影」と「紫外線撮影」が有名です。肉眼では見えない周波数領域の光を特殊なカメラを使うことで、通常の撮影では観察できないような画像を撮影する方法です。弦楽器製作においての紫外線撮影は、「ニスの撮影」と「ラベルの撮影」に利用されます。赤外線がニスの層の奥(木材の表面)を観察しやすいのに対して、紫外線撮影はニスの表面の光り方(ニスの素材の差)などを調べるのに有効です。
 私は以前にも「楽器の紫外線撮影」というレポートを書いていますが、正確に言うなのならばそれは「ブラックライトの可視光領域を用いた近紫外線(可視光)の観察」です。紫外線は肉眼では見えない光りなので、ブラックライトで肉眼でも見える光を撮影しているということは、正確に書くのなら「紫外線撮影」ではないのです。本当の意味での「紫外線撮影」はとても難しい技術なので、興味はあったのですがなかなか実験する機会がなかったのです。
 蛇足になりますが、「紫外線」とは、太陽光のスペクトルのイラスト中の左端の周波数帯域の光の事を指し、その波長は400nm以下という非常に細かな波長の光で、肉眼で見ることはできません。

光りのスペクトル

紫外線撮影の難しさ

 紫外線撮影を行うためには「カメラ」で撮影しなければならないのですが、通常のカメラは可視光を最良に写すために改良が加えられています。逆の言い方をすると、紫外線や赤外線は意図的に写らないように設計・製造されているのです。具体的には、デジタルカメラのCMOSセンサーの手前に、わざわざ手間をかけて「紫外線・赤外線カットフィルター」を配置し、可視光線領域だけを受光するようにしています。従って、通常のデジタルカメラでは紫外線や赤外線はほとんど写らないのです。
 さらに紫外線撮影を困難にしているのは、通常のレンズは紫外線をあまり通さないということです。レンズの素材自体によって、さらにコーティング技術などによって、紫外線を意図的にカットして透らないようにしています。これはメガネで「UVカットレンズ」があるのと、意図と仕組みは全く一緒です。


デジタルカメラの改造と適正レンズの選択

 「赤外線撮影カメラの改造」と基本的には同じなのですが、紫外線撮影のためには既製品のデジタルカメラのCMOSセンサーの手前に装着されている「ローパスフィルターと赤外線カットフィルター」を取り去る改造が必要です。今回はSONYのNEX-5Nというデジタルカメラの改造を依頼しました。当然ですが、改造を行うと通常の撮影はできなくなりますし(赤外線カットフィルターを一時的に装着することで、通常撮影が全くできなくなるわけではありませんが)、メーカーの保証は受けられなくなりますが、それは覚悟の上の改造です。

 赤外線撮影と紫外線撮影で決定的に異なるのは、適正レンズを選択することです。通常のレンズでは紫外線撮影には適していないからです。結論をいきなり言うのならば、「紫外線撮影専用レンズ」を使うことがベストです。紫外線撮影用の専用レンズは種類がとても少なく、選択する余地はほとんどありません。「紫外線撮影レンズ=UV-Nikkor105mm 4.5」と言い切ってお良いほど、このニコンのレンズは定番中の定番です。そして特殊レンズが故に非常に高価格のレンズです。

紫外線撮影用のフィルター
 最後に重要なのは、「紫外線透過・可視光カットフィルター」です。紫外線だけを通して、可視光と赤外線をカットしてしまう黒色のフィルターです。今回これには「HOYA社のU340」というフィルターを使いました(補足1)。このフィルターをレンズの前に装着することで、下グラフの青色の線の様に、340nm波長付近の紫外線だけを透して、それ以外の光はカットしてしまうフィルターです。但し、特性グラフからも判るのですが、若干の赤外線も透してしまいます。このために「赤外線カットフィルター(補足2)」も同時に重ねて装着します。

HOYA U380フィルター特性グラフ

補足1:紫外線透過フィルターには、"U340"以外にも"Baader Venus II"、"IDAS UV372-80"等があります。
補足2:赤外線カットフィルターには、”NEXCC-II”、"DR655"、"Tiffen T1"等があります。


 さて「使用するレンズは高価なUV-Nikkor 105mm 4.5で決まり」ではつまらないので、それ以外にも比較的低価格で手に入りやすいレンズで、紫外線撮影に使えるかどうかをテストしてみました。


紫外線撮影に適したレンズの撮影実験

 使用したデジタルカメラはSONY NEX-5N(改造)です。紫外線はブラックライトで代用しました。ブラックライトは紫色の可視光以外にも、360nm位をピークとした目に見えない紫外線も発しています。カメラは露出が変動しないようにマニュアル設定にして、三脚に固定して撮影しました。設定値はISO800、シャッタースピード0.5秒、絞り値はレンズの開放の値です。
 今回比較実験に選んだレンズは、比較的紫外線を透過しやすいであろうと予想したレンズです。例えばズームレンズのように、レンズの枚数が多いレンズや、または紫外線カットのコーティングがしっかりしている最新の高級レンズなどは紫外線がほとんど透らないので候補から除外しています。

超音波洗浄機によるヤスリの追加


1. UV-Nikkor105mm4.5

 このレンズは紫外線撮影の専用レンズで、紫外線の透過率がよい設計で製造されています。紫外線撮影レンズのリファレンスと考えても良いです。他の比較したカメラよりも焦点距離が105mmと長いので、このレンズだけ若干遠い距離から撮影しました。撮影絞りの値はF4.5です。

UV-Nikkor105mmカラー

比較のための通常撮影写真(F4.5撮影。シャッタースピードは下記の紫外線撮影よりも速く切っています)。

 

UV-Nikkor105mm

F4.5で撮影。さすがに専用レンズだけあって、明るく(紫外線透過率が高い)撮影できています。画質もとても良いです。ちなみに、人形や音叉の箱、机の表面が黒く写っているのは、木肌が紫外線を吸収しているからです。

 

 

2. Nikkor-S Auto 50mm1.4

 かなり古いレンズです。コーティングは見た目にも薄く、紫外線カットの処理が低いのではないかとの予想で実験に使ってみました。このレンズはF1.4と明るいレンズなので、開放値F1.4とF2.8の2通りの露出で撮影しました。

Nikkor50mm1.4

F1.4で撮影。期待していたよりも紫外線の透過率は悪く、暗く写っています。さらにF1.4の開放値で撮影したために、ボケと滲みが酷いです。

 

Nikkor50mm2.8

F2.8で撮影。絞ったことで画質は改善しましたが、さらに暗くなりすぎて、これでは紫外線撮影レンズとしては使えません(良い意味で、古いのに紫外線処理のしっかりしたレンズなのでしょう)。

 

 

3. Nikkor45mm2.8P

 このレンズはマニュアルレンズとしては比較的新しい部類のレンズです。想像していたよりも紫外線の透過率が高いようで、比較的明るく写っています。しかし残念なことに、F2.8の絞り開放値では滲みの酷さが目立っています(被写界深度の浅さから来るボケとは異なります)。画質的なことを考えるともう少し絞らなければならないようです。

Nikkor45mm2.8

 


4. SIGMA 30mm2.8 EX DN

 SONY NEX-5Nの「SONY Eマウント」用のレンズです。最新のレンズなのですが、たまたまレンズの材質に紫外線を透過しやすい素材を用いたのか(安いレンズだからなのか?)、かなり明るいです。画質も絞り開放値のF2.8で撮影していますが、悪くありません。
 欠点は、30mmという比較的広角レンズのために、研究用としてよく用いるようなズームアップした画角で撮影できないことです。楽器全体の紫外線撮影をするような場合には十分使えると思いますが、画角的に撮影用途が限られてしまうのが痛いところです。

SIGMA30mms.8

 

5. EL-Nikkor 50mm 2.8

 このレンズは印画紙現像用の専用レンズです。印画紙現像においては紫外線領域までの光を印画紙に当てて感光させる必要があるらしいのです。そこで現像専用レンズの「EL-Nikkor」は紫外線領域まで透過する設計になっているとの旨がレンズの解説に書かれていましたので、期待して実験したのです。
 結果は紫外線撮影の専用レンズUV-Nikkor105mmに次いで明るく写っています。また、絞り開放値のF2.8での撮影ですが、画質も悪くありません。紫外線撮影用のレンズとして十分に使えると思います。しかし欠点もあります。このレンズは印画紙現像用のレンズのために、フォーカス調整用のヘリコイドが付いていないのです。従って、BORGのM42ヘリコイドシステムアダプタを何段かつなげて(補足3)、SONY Eマウントに装着しました。

EL-Nikkor50mm2.8

補足3:BORG M42ヘリコイドシステムマウントアダプタ
 [5013 カメラマウントソニーNEX用]+[7843 M42P1-M49.8AD]+[7840 M42ヘリコイドS]+[7844 M42P1-M39AD]

 

結論

紫外線適正レンズ一覧

 非常に高価な紫外線専用レンズ「UV-Nikkor105mm4.5」がベストであろうということは想像していたことです。しかし上の実験ではそれに近いくらいの明るさで、「EL-Nikkor50mm2.8」や「SIGMA30mm2.8EXDN」も明るく写っています。もっとも、これらの2レンズの性能が今回の実験結果の差と同じくらいUV-Nikkor105mm4.5と競っているのかというと、話はもう少し複雑です。実は撮影絞りが違うからです。UV-Nikkor105mmはF4.5でも明るく写るのに、EL-Nikkorやそれ以外のレンズではF2.8で撮影しているからです。実際の撮影においては、被写界深度を深く取りたいために絞りを絞ることが多いです。そうした場合に、専用のUV-Nikkor105mmの紫外線透過率の高さが際立つはずなのです。しかし、コスト的にはEL-Nikkor50mm2.8やSIGMA30mm2.8EXDNでも十分に使えるという結論に達しました。

 

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