ヴァイオリン製作への、電子レンジの応用の可能性について

1989/12/10 ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗


1・電子レンジのしくみ
 電子レンジの加熱の仕組みを簡単に説明すると、マイクロ波(超高周波)によって物体中の水分子(注1)のみを振動させる事で加熱を行うという方法である。この加熱方法の特徴は、水分子を含まない物は熱くならないという事で、例えば水(飲み物)を入れた容器を電子レンジで加熱すると、中の水は熱くなるのに容器は熱くならない(もちろん中身が熱くなっているので、容器も熱伝導により徐々に熱くなってくるが)。従って電子レンジを使って効果があるものは、多少なりとも水分子を含んだ物でなければならない。金属などを暖めることはできない。
 電子レンジの特徴として最も重要な事柄は、加熱が物の芯から行えるという事にある。普通の加熱方法は、物の表面を暖める事によって徐々に熱伝導によって芯まで暖める。よって、芯まで強く暖めようとすると、表面を焦がしてしまうのである。電子レンジの加熱方法はこの点が全く異なっている。

注1:厳密には水分子だけではなく、それに似た構造の分子を振動させる。


2・ヴァイオリン製作への可能性
 電子レンジをヴァイオリン製作へ応用する方法としては次の3つが考えられる。

1.木材の曲げ加工
 現在ヴァイオリンのツァルゲンを曲げる方法は、表面を湿らせ、そこをヒーターによって急激に加熱することで水蒸気を木材中心部まで送り込み、木材を一時的に柔らかくして曲げるという方法である。
 これに対してマイクロ波による曲げ加工もすでに使われている。この方法は飽水木材に、出力1.6〜2.4kW、周波数2450MHzのマイクロ波(電子レンジの仕組みと基本的には同じだが、非常に高エネルギー)を当てる事で、木材を軟化させ、曲げを行う方法であるが、この方法の特徴はアールの非常に小さな曲げも行えることである(注2)
 このマイクロ波による曲げ加工の欠点は、マイクロ波の照射と曲げの行程を同時に行わなくてはならないという事である。すなわち、ツァルゲンを曲げたい場合には、それ専用の機械を作らなくてはならない。従って大量生産のヴァイオリン製作には応用がきくかもしれないが、手工芸品においては非現実的である。

注2:参考図書 養賢堂 中戸完二編著 「新編 木材工学」

2.木材の加熱
 先にも述べたように、電子レンジは短時間に物(木材)の芯から暖める事ができる。従って膠づけする前の木材と、ツーラーゲを加熱するのに用いればよい。この利用方法はすぐにでも実現でき、そしてかなり有益な事でもあると思われる。
 実際に木材が電子レンジでどれほど加熱できるのかを実験してみたところ、わずか30秒ほどでかなり熱くなる。それも芯から熱くなっているのでさめにくいのだ。また都合の良い事に、電子レンジは木材の芯から平均して加熱できるため、水分の蒸発も均一で変形も少ない。更に都合がよいのは、加熱の効率がよい為に電気代も安くて済むのだ。例えば家庭用の電子レンジは500〜600Wが普通で、一方これまでに使ってきた電熱器も同じくらいか、中には1kWほどの物も珍しくはない。電熱器の場合、温まるのにも時間がかかる上、熱のほとんどは空気中へ逃げてしまう。また表面しか暖められないので、その熱し加減が非常に難しい。下手をすると変形してしまうか、割れが入ってしまう。これに対して電子レンジの場合はわずか30秒ほどで変形も少なく暖まる(物の大きさによっても異なるが)。
 この様に電子レンジによって木材を暖めることはよい事ずくめであるが、欠点としては大きな物が電子レンジの中に入らない事である。せいぜいバスバーや継ぎネック、ハーフエッジ、パッチ、ツーラーゲ程度までであろう(金属製クランプなどは不可)。ライフェンの場合、乾燥によってかちかちになるので、逆にツァルゲンに圧着し難くなるかもしれない。
 また部分的な加熱ができないために、ニスの塗ってあるものへの応用は疑問の残るところである。

3.乾燥促進
 これまでにも述べたように、電子レンジによる加熱では、木材の芯から加熱する事ができる。これまでの熱による乾燥は表面的な操作だったために、表面と内部との乾燥の差によって収縮率に差が出、結果として変形やひび割れが生じた。またそのような結果を避けるために、非常に弱い温度で乾燥させた場合には、効果が現れるのに膨大な時間がかかった。この方法に対して、電子レンジが応用できないだろうか。

 試しに駒(完成品)を電子レンジで数10秒加熱し、その操作の前後で重さを測ってみたところ、明らかな差がみられた。これは内部の水分が蒸発したためと考えられる。その結果、駒の表面の硬度も硬くなっている。駒の反りもほとんど見られなかった。
 実際には時間が経てば、再び水分が徐々に木材中に吸収されるのだが、木材の特徴として、前段階よりも低い含水率に落ち着く事がわかっている(注3)。従って適度な加熱を時間をおいて数度に渡って繰り返せば、駒の含水率をある程度は操作できると考えられる。
 加熱し過ぎると木材内部の樹脂が解けて流れ出てしまうので、注意が必要である。また木材中のセルロースなどへの悪影響については現在の所はなんとも言えないが、駒のような消耗品に関しては、特に神経質に考える必要もないであろう。

注3:木材の乾燥と吸湿は全く正反対の過程をとらない。これをヒステリシス過程という。


3・応用実験
1.木材乾燥への応用
 最初の実行例は乾燥促進についてで、対象材料は梨材である。
 この梨材は乾燥の具合がまだ足りなかったのか、ねじれが激しく、いっそのこと乾燥させてねじれを出し切ってしまおうと考えた。そこで暖房(温風器)の前に10分間ほど置いていたら、かなりのヒビが入ってしまった。このヒビは木材の表面だけが乾燥し、表面と内部との収縮具合に差ができてしまったため、生じたと考えられる。
 そこで次に電子レンジを利用してみた。加温対象の木材は10cm×10cm位の体積であったが、急激な乾燥を避けるために、最初に30秒、少し置いてから再び30秒ほど、電子レンジにかけた。この時にはどれほどの質量変化があったのか測定はしなかったが、手に持ったときに、水蒸気で掌が湿っぽくなるのがわかる。結果として、この乾燥法によってのひび割れは全く起こらなかった。
 この様に、木材の表面と内部との収縮差を起こすこと無しに、水分を抜くということに関してはかなりの応用が利くという証明になった。

2.駒への応用
 次は駒への応用である。
 以前、私の「音響実験レポート」で、駒に瞬間接着剤を浸透させて音質の向上をねらった試みをしたが、その時は良い効果が現れなかった(音響実験レポート8参照)。今回はコントラバスの駒を電子レンジにかけ、その水分を減らし、音質変化を起こそうというものである。

 この実験は、コントラバス製作者の藤井俊之さんの協力を得て行った。電子レンジにかける前後での駒の質量は93.8g→92.0gで、電子レンジにかけたことによって1.8gの水分が一時的であれ、抜けたことになる。水分の質量で1.8gはかなりの量である。
 電子レンジのかけ方は、先に述べた方法と同じで、30秒を2回行った。この時、木材中の樹脂が解ける臭いがするようならば、木材に悪影響があると考えられるので、それ以前で止めなければならない。
 結果として、電子レンジにかけたことによって、駒に反りが起こるなどのトラブルはいっさい起こらなかった。音質の変化は明らかに起こった。変化の具合は、今回の場合には、発音が良くなり、音は少し丸くなった。この変化は全音域に渡って起こった。実験前の音質が堅めの音色だったので、良い方向へ結果が現れたようだ。
 電子レンジにかけた直後では、木材が一時的に柔らかくなっていることも考えられるので、時間をおいてから再び弾いてみると、先よりも音量が僅かに上がった。音質のキャラクターは変わっていないようである。音質変化の原理は、質量の現象による効果よりも、木材の自由水が減り、その結果結合水も減少し、木材の強度が増すという原理による効果が大きいと考えられる。しかし今回の変化がどの様な原理によって起こったのか、はっきりとは分からない。
 この様に、駒を僅かな時間電子レンジにかけるだけで、音色の変化が期待できる。その変化の特徴は、実験の数をこなして会得するしかないが、これまでの調整方法に更に幅ができることはまちがいない。

3.水分の放出と吸湿
 この実験の目的は、一旦電子レンジで水分を抜いた木材が、その後、どれほどの水分を再び吸うかということを調べるためである。
 測定対象の木材(駒材)は、1964年の130g程度のもので、一般的にはこれだけの期間が経っていれば乾燥は十分と考えられる。しかし、これを電子レンジにかけたところ、131.6g→127.6gまで、4gもの水分が抜けた(この時木材を痛めないようにくれぐれも注意が必要である)。
 自然乾燥は、乾燥方法としては最高の方法である反面、それを行うためには非常に時間がかかる。しかし、電子レンジによって、乾燥のきっかけが作れるのではないだろうか。もし万が一に、悪影響が起きたとしても、駒材の場合には消耗品として交換が利くということから、実験は駒材によって行った。
 実験後1週間位で約1.0gほどの水分が再び吸収された。しかし、その後安定した。現在数カ月経過した段階では、冬になり湿度が下がってきたために、質量はまた1.0g程度減ったが、もし電子レンジにかけなかったならば、現在の状態よりも2.0〜3.0g程度水分を含んだまま、徐々に乾燥が進んだと考えられる。2〜3gの水分を自然乾燥させるために、後どれほどの年月が必要だったろうか。
 くどいようだが、電子レンジのかけ方は、木材が暖まる程度のものを時間をおいて2〜3度行うのがよい。樹脂がにじみ出るほどかけた場合には、木材に何らかの変化(自然乾燥とは違う)があることは間違いない。

4.指板接着時の使用
 電子レンジは特に水分を加熱するために、黒檀を暖める事は難しいと考えていた。しかし、結果的には全く問題はなかった。
 実験は、実際の指板接着作業時の、指板を暖める作業を電子レンジで代用してみた。結論を先に述べると、何等問題は生ぜず、非常に調子がよかった。これまではネック側も、指板側も500〜600Wの電熱器で暖めていたが、指板側を暖めきるのにはかなりの時間を必要としていた。その上、暖める部分がどうしても接着面だけに片寄りがちであったため、暖かさが冷めるのも速かったのである。電子レンジを使った場合は、指板と上下のツーラーゲ(押し型)を一緒にレンジの中に入れ、約20〜30秒加熱すると、持てないくらいに熱くする事ができる(ネック側はこれまで通り、電熱器によって暖めた)。この時注意する事は、松製のツーラーゲの方が暖まり易いので、レンジの隅に置いた方が具合がよい。
 この様に処理した指板は、膠をはさんだ時に、その熱さのために膠が流れ、滑り難くなる。クランプで締めた後に暖めて膠を流し出す必要がないほどである。もちろん指板の反りや、割れ等の悪影響は全く起こらなかった。

5.ニスが塗られている部分への応用
 ニスが塗られている箇所の部品を電子レンジの中に入れると、ニスがどの様になるのか非常に気になるところである。もしニスに悪影響が及ばなければ、継ぎネック時に、ネック側と頭側の両方をレンジで暖める事ができる。
 特に頭側(ニスが付いている)は側面が薄く、電熱器で長時間加熱していると反りが起きてしまうのと、接着面が内側のために暖めにくいということが上げられる。このために頭側は、あまり暖められていないのではないだろうか。
 この実験は、失敗の可能性も高かったために、実際の継ぎネックではなく、ニスが付いている部品(継ぎネックのために切り取ったネック側)を電子レンジにかけて暖めてみた。この試行は別々のタイプのニスについて二度行った。一回目は安物の楽器のラッカー系のような堅いニスで、二回目はきちんとした楽器のニスである。暖める時間は少し大げさにし、手で持っていると熱いくらいまでにした(約30秒ほど)。結果は予想外に、ニスがふいたり解けたりという事はなかった。厳密に言えば、熱くなった分だけ表面が柔らかくなっているようにも感じたが、さほど気にする必要もないように感じた。
 この実験から、継ぎネック等、ニスが付いている部品を暖める事も可能と考えられる。しかし、これらの事は失敗が許されない事だけに、これからの数多くの実験が必要とされるのだ。だが、いずれにせよ、非常に期待が持てる傾向が出た事にはちがいない。

6.バスバー接着時における表板の加熱
 バスバーを加熱する事はこれまで確認済みで、電熱器であぶるよりも非常に効率的に暖める事ができた。表板も、もし電子レンジで暖める事ができるのならば、この応用は大きい。
 表板を電子レンジに入れて気になる事は、剥ぎの膠が解け出して剥ぎ割れを起こさないかという事であった。表板の反りに関しては、電熱器であぶる方法よりも反りが起きにくいはずである。従って、もしバスバーと表板の両方をレンジで暖める事ができるのなら、接着時に、反りのためにバスバーの接着面に狂いが生じるという事も少なくなると考えられる。
 実験では、実際に表板(白木)をレンジにいれて20秒暖めた。この時の結果は何等問題も起きなかったが、長く暖めすぎると剥ぎ割れが起こる事は十分に考えられる。十分な注意が必要である。
 理想的にはクランプで締めた後、再びレンジで暖めると完璧なのだが、クランプを付けた状態では大きすぎてレンジの中に入れる事ができないので、この様な実験は行っていない。

7.表板本付け時の表板と胴体の加熱
 先の実験で、表板をレンジで暖めても大丈夫という事がわかったために、今度は胴体共レンジで暖めてみた。板だけの時には20秒間暖めたが、今回は30秒強の加熱が必要だった。 結果は、一見思ったほど暖かくは感じなくとも、膠をクロッツに塗ると膠が泡をふいた。これは胴体が十分なほど暖まっているという証拠である。
 この実験でも、クランプを付けた状態ではレンジの中には入らないので、クランプを締めた後はこれまでの作業方法と同じとなる。

4・電子レンジの大きさについて
 これまでに使用した電子レンジは旧型の物で、内部がかなり大きい。都合よく回転台は付いておらず、ヴァイオリンの胴体を斜めにしてかろうじて入れる事ができる。出力は現在出回っている製品と同じで、消費電力1200W、定格出力600Wである。ヴァイオリン製作に応用するためには、最低限この位の大きさが必要になり、現在店に並んでいるタイプの大きさでは、表板も中には入らないのではないだろうか(継ぎネックや駒には使えるが)。最低でもバスバーの長さは入るような物でありたい。
レンジの大きさは理想的にはこれ以上大きい方がよいが、そうなると後は業務用の物を探すしかないであろう。業務用の物は値段がかなり高いと考えられるので、購入は簡単にはいかないが、大きなレンジを導入することは、すなわちより多くの応用を実験できる事につながるので、その可能性は計り知れない。

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