赤外線ヒーターランプによる木材表面の加熱

2011年2月21日 ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

ニカワ接着時における木材表面の加熱

 新作製作や修理において、ニカワ接着をするときには接着する木材を温める必要があります。冷たい木材にニカワを塗ってしまうと、ニカワが木材の繊維に染み込まずに、木材表面上だけで固まってしまうからです。接着する木材を事前に温めることによって、ニカワの接着力が増すのです。この「加熱」作業で重要なのは、熱くしすぎないということです。木材表面を「熱する」のではなく、「温める」事が重要です。従って以後「加熱」という言葉ではなく、あえて「加温」という表現を使いたいと思います。


 これまでの「木材表面の加温方法」としては、電熱線(ニクロム線)ヒーターなどで加熱する方法が普通でした。しかしこの方法では、木材の表面だけが非常に高温になり、木材内部と表面との温度差が生じてしまい、結果として木材が割れたり変形してしまうことも多かったのです。また、木材の表面だけの加熱では、表面が瞬間的に高温に加熱される割には、冷めてしまうのも早かったのです。
 そこで私は東京ヴァイオリン製作学校在学時(1988~89年)に「ヴァイオリン製作への、電子レンジの応用の可能性について」を研究しました。この技法はとても優れた加温方法で、現在でも活用しています。ところが、電子レンジによる加温方法には次の欠点もあります。
 ○大きな木材は電子レンジに入らない。
 ○修理楽器など、ニスが塗られている部品を電子レンジに入れるにはリスクがある。
そのために私はこれまで、修理楽器を温めるときには白熱電球を利用していたのです。ニクロム線ヒーターでは高熱になりすぎるので、修理楽器を傷めてしまう可能性が高いからです。その点白熱電球ならば、修理楽器を「ほんわり」と優しく温めることが可能です。


赤外線ランプの活用

 これまでに「白熱電球」を利用した加温方法を採っていた別の理由として、普段使っている作業灯が白熱電球だったからです。すなわち、わざわざ白熱電球を加温作業用に用意していたのではなく、ついでに活用していただけなのです。ところが最近私の工房では、作業灯にLED電球を使うようになりました。そのために、加温作業用にわざわざ白熱電球を保管して準備して置かなければならなくなったのです。そこで、どうせ加温専用ランプとして用意するのなら、より本格的な保温専用の「赤外線ヒーターランプ」を使ってみようと考えた次第です。

 赤外線ヒーターについて調べてみると、色々なランプがあります。今回はその中でもごく一般的で使いやすいと思われる赤外線ヒーターランプを購入して実験してみました。今回購入した製品は「東芝 IR100V125WRHE」という約125Wの電球です。このランプは「加熱乾燥 、脱水、 焼付 、保温」用として活用されているランプらしいです。 ちなみに250W~500Wのタイプもありますが、高温になりすぎると楽器が傷むかもしれないという事と、大出力ランプでは器具なども特殊なものが必要になり、扱いにくくなるので125Wタイプがよいと思います。

赤外線ランプと白熱電球

 上写真は100Wの白熱電球(クリアタイプ)と、今回購入した125Wの赤外線ヒーターランプです。両者を点灯してみると、100Wの白熱電球のほうが明るい光を放ちます。一方、赤外線ヒーターランプは少し暗めの光です。熱に関しては、赤外線ヒーターランプの方が明らかに「ヒーター」という感じです。雰囲気としては、電気ストーブのヒリヒリするような高温と違って、ちょうど太陽の光のようなポカポカさです。

 

木材表面の温度上昇実験

 白熱電球(100W、クリアタイプ+反射用カサ)と赤外線ヒーターランプ(125W)の両方で実際に木材(楓材)を温めてみました。木材の表面温度の時間変化を放射温度計にて測定してみました。なお、実験するに当たって、100Wの白熱電球には反射用のカサを装着して、光と熱に若干の指向性を持たせました。

・比較加温ランプ:「白熱電球(100W)」と「赤外線ヒーターランプ(125W)」
・加温対象:楓の無垢材
・ランプから木材までの距離:約30cm
・木材の表面温度測定器:HORIBA 放射温度計 IT-550F
放射温度計IT-550F

 

実験結果

温度変化のグラフ


 今回の比較実験の「白熱電球」と「赤外線ヒーターランプ」は、もともと100Wと125Wという差があります。しかし表面温度の変化は25Wの差以上に出ています。体感的にも、赤外線ヒーターランプの方が「ポカポカ」さを感じます。測定データでも赤外線ヒーターランプの方が木材表面を早く、しかし高い温度にならない程度に温めていることがわかります。
 

実際の修理に使ってみた感想

 下写真は、部分的に剥がれてしまった響板を再接着するときの実際の修理光景です。今回は導入した赤外線ヒーターランプで、剥がれてしまった響板と側板の周辺を温めてみました。冬の日差しの太陽の暖かさのように、木材の芯まで染み通るような理想的な温め方ができました。これならば楽器への負担も最小限と考えられます(ランプの位置が近すぎるとニスを傷めてしまいますので油断は禁物です)。
またチェロなどの大きな面の加温には、複数の赤外線ヒーターランプを併用することで対応できます。

実際の修理

 

 

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