ケースの内部の温度上昇実験

2014年9月5日 ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

ケースの種類と、内部温度上昇の違い

 弦楽器のケースにおいて重要な要素は、楽器の保護性能です。しかし多くの方はこの「保護性能」について、耐「衝撃」保護性能の事ばかり重視しているようです。しかしそれ以外にも「温度」、「湿度」、「ニス損傷」等に対する保護性能もあるのです。
 今回は手元にあったGEWA社製の2つのケースにおける温度上昇の差を測定してみました。

 

実験方法と実験環境

ケースの種類

 実験用のケースは手元にあったGEWA社のケースを利用しました。 1つめは"GEWA Strat Super Light Weght" 角ケース(カバーの色は紺色)です。このケースはとてもポピュラーなケースなので、実験対象としては最適と思われます。ただし、今回のケースには表蓋のカバー内部(楽譜入れ)に銀色の保温シートを入れて(両面テープで貼り付けて)います。
 もう1つのケースはGEWA社製のIdeaカーボンシェルケースです。しかし通常見かけるヴァイオリンケースではなく、仕事用として使っている、ヴァイオリンを2本収納できるダブルケースです。もっとも、横幅以外の作りは同じですから、GEWA社製の通常のIdeaカーボンケースと同じと考えても良いと思われます。色は銀色です。

 

ケース内に入れる楽器

 今回の実験ではケース内部の温度上昇だけでなく、楽器自体の温度変化も測定する事が目的でした。そこで、最悪楽器が傷んでしまっても大丈夫なように、壊れている楽器をケースに入れて計測する事にしました。そのために弦や駒は張っていません。
 実際には楽器の上に上敷き布(デッケ)を被せるのですが、今回は楽器の温度を測定するために、そのデッケは使わないでケースの蓋を閉めました(注:デッケさえ付属していない軽量ケースも多く存在します)。


 

サーモグラフィーによる温度測定と環境

 ケース内部の温度変化の計測(撮影)は、FLIR社製 T420サーモグラフィ+ワイドレンズで撮影して行いました。
 計測は9月5日(曇り、時々太陽が差し込む天候。気温29℃)12:00~13:00までの間ケースを外に出して置き、15分ごとにケース内部の温度をサーモグラフィにて撮影しました。ちなみに、日差しはそれほどきつくなかったので、ケースの暖まり具合は実際のケースの運用において十分起こりえる程度の熱さでした。


実験結果

最初に室内(室温)で測定
 最初に室温26℃くらいの室内で測定しました。ちなみにサーモグラフィーの色グラフは最大値(白)が40.0℃~最小値(黒)が25℃の設定で表示させています。
 楽器の温度は両者ともほぼ室温の25.9℃であることがわかります。




 

外に出して15分後
 楽器ケースを外に置いて15分後に内部の温度を撮影してみました。上写真の"Strat Super Light Weight”ケース(保温シート入り)の内部はまだ32~33℃にしか上昇していないのに対して、ケース殻の薄いカーボンケース(下写真)の蓋の裏は既に35~38℃まで上昇してしまっています。楽器も上写真では29.7℃であるのに対して、カーボンケース内の楽器はもうすでに34.0℃にまで暖まってしまっています。




外に出して30分後
 ケースを外に出してから30分後の楽器内部の写真です。天候は基本的に曇りでしたが、時々短時間ではありますが、雲の合間から強い日差しがケースに照りつけるような状況でした。
 上のケースでも若干温度の上昇が確認できますが、それでも上昇は2~3℃程度です。一方カーボンケースの方は、蓋の裏側は真っ白(40℃前後)になっています。楽器自体も36.9℃まで温度が上昇してしまっている事がわかります。




外に出して45分後
 ケースを外に出して45分後の内部の温度写真です。上のケースの蓋裏もさすがにオレンジ色になってきました。楽器の温度も34℃になりました。
 一方、カーボンケースの蓋裏の最高温度は先ほどと差ほど変わらない40℃前後の温度ですが、蓋全体がさらに明るい色(高温度)になっている事がわかります(注:蓋裏の暖まっている部分が右に移ったのは、ケースを置く位置や向きを変えているからです)。もし弓を収納していたとしたら、弓への悪影響も懸念されます。楽器本体もさらに暖まり、38.9℃まで上昇してしまっています。




外に出して60分後
 外にケースを出してから60分後のケース内部の温度写真です。前回(45分後)の測定から15分間太陽がほとんど照らなかったため、ケースの温度の上昇はありませんでした。基本的には前回の測定と同じですが、細かく観察すると、楽器本体はよりまんべんなく暖まって明るい色に写っている事がわかります。



 

実験のまとめ

 ケース内部の温度上昇は、当然のことながら太陽の照りつけ具合で大きく変わります。実際の楽器の運用においては、出来るだけケースに長時間直射日光を当てないように注意することと思います。しかし、今回の実験程度のケースの暖まり方は、夏場にはいつ起きても不思議ではありません。今回の実験においてケースに入れている楽器のニスは、どちらかと言えば固いタイプだったので何のトラブルも生じませんでしたが、柔らかいタイプのニスだったら、ニスが溶けてしまってもおかしくない温度上昇です。

 実験前から想像出来ていた事ではありますが、ケース内部の温度はケースの殻の肉厚が大きく影響します。今回の実験ではIdeaカーボンシェルケースの事を悪く書きましたが、しかしこのカーボンケースは他社の同様の軽量ケースの中では肉厚で一番まともな部類といえるかもしれません。最近のケースは超軽量化を追求するケースが多く、ペラペラのカーボンシェルという肉薄の殻の上に、さらに軽量化のためにクッションはもとより内装布さえも省いてしまっているケースが多く見られるようになっています。このような軽量ケースが温度の変化を敏感に受けやすくなってしまうであろうというのは、容易に想像する事が出来ます。

 今回は「温度上昇」についての実験でしたが、「冬期の急激な温度下降」についても同じ結果が想像できます。楽器は「急激な環境変化」に弱いです。こういった意味から、ケースの購入時に、楽器の事を考えながらケースを選ぶ事が大切なのです。

 

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