古い弦の表面の状態

2012年10月6日 ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

 弦はどのような物理的な要因によって劣化して、交換しなければならないのか? 古くなって交換した弦は新品の弦と比べて何が違うのか? 理論的には「巻線の外部・内部構造の変化(劣化)による弦の剛性の変化」と考えられるのですが、それが実際にどのような「劣化」なのか意識して観察したことはありません。そこで、実際に古くなって交換した弦を観察してみることにしました。

 

ヴィオラの新品のA弦と、交換した古いA弦の表面の状態

 写真中の上が新品の弦で、下が半年間使用して交換したヴィオラのA弦です(100倍率撮影)。撮影した部分は、ちょうど弓で弦を擦る部分です。新品の弦が真っ直ぐですっきりとしたラインであるのに対して、交換した古い弦には松ヤニがビッシリこびり付いています。また、この拡大率ではよく見えませんが細かな粒状の汚れも付着していることがわかります。
 写真を観察すると、松ヤニの層は弦の下半分に付いていることがわかります。これはおそらく、写真中の弦の松ヤニの付着している側が上側、すなわち弓で擦る側になっていて、弦の片側のみに松ヤニの層ができたのだと想像できます。ここに写真は掲載していませんが、500倍率でさらに拡大して観ると、松ヤニの層は粒状ではなく、一旦溶けたのか、半透明の薄い層になってこびり付いていることもわかりました。
 一方で、想像していたほどは巻線の金属表面に劣化は見えませんでした。この観察したヴィオラのA弦は「パーマネント」で、巻線がアルミではなく硬いクロムスチールです。そのために摩擦による表面の劣化は少ないのかもしれません。

ヴィオラのA弦

 

ヴァイオリンのE弦のサビ

 次はヴァイオリンのE弦を100倍率で観察してみました。弦は「エヴァピラッツィ」の金メッキ弦です。撮影した部分は、指板の第1~3ポジションくらいの位置です。肉眼で見ただけでもサビの酷さを確認できます。また指先で触ってもザラザラ感を感じるくらいのサビです。写真で見ると長い間弦を替えないまま使っていたと思われるかもしれませんが、数ヶ月~半年間でこのくらい錆びてしまうことはよくあることです(演奏者の体質によることが大きいです)。
 実際にはサビによって指が切れてしまうとか、そこまで酷い状態ではありません。しかし顕微鏡で拡大して観ると、金メッキは剥がれ落ちて、衝撃的なほど弦の廻りに赤サビがこびり付いていることがわかります。

ヴァイオリンのE弦サビ

 

ヴァイオリンのA弦の巻線のほつれ

 次はヴァイオリンのA弦の巻線のほつれた部分を50倍率(下写真は150倍率)にて撮影してみました。巻線がほつれた部分は、上駒(オーバーザッテル)の溝に擦れる部分です。この位置は調弦時、頻繁に弦と上駒をグリグリと擦り合わせる箇所なので、傷みも激しい部分です。私の経験ではヴァイオリンのA弦が一番このような傷み方をすることが多いように思います。もっとも、ここまで巻線のほつれが酷い部分は、「弦」として振動しない上駒の上部分なので、見た目ほどは音に悪影響を及ぼしません。しかし時々、あまりにも長い間弦の交換をしないために、弦の1ポジションとか、3ポジション辺りの巻線がほつれている状態の楽器も見かけます。これは論外です。

ヴァイオリンのA弦の巻線のほつれ

 

D弦全体に渡る巻線の乱れ

 次はヴァイオリンのD弦での事象です。これはD弦の比較的全体に渡って、巻線が乱れて弦にプツプツの凸部ができてしまっているような傷み方です。その弦の凸部によって指板に沢山の横傷ができるのが特徴です。下の写真では弦の凸部は直接はよくわからないのですが、実際には光りに反射したり、触った感じではっきりと判る弦の劣化です。弦がプツプツの凸部ができてザラザラしているのです。そのプツプツの頻度は指板の大きな横傷の位置からその凸部の位置を想像してください。

巻線の乱れによる指板の傷

この巻線の凸部の劣化位置は、特にポジションの位置というわけではなさそうなので、指で弦を押さえることによって巻線が劣化したというわけではいようです。そこで弦を顕微鏡で拡大して観察してみました。

巻線の劣化

 上写真の弦の巻線において、色が少し黒く写っている部分が劣化している部分です。巻線の平面性に乱れが生じて、陰ができて黒っぽく写っているのです。巻線の黒っぽく写っている部分と、指板の大きな傷の位置もほぼ一致していました(上写真では弦の反射が激しく、うまく写っていませんが肉眼での観察でははっきりと確認できました)。そこでもう少し大きく拡大して観察したのが下写真です。

弦の劣化さらに拡大

 上写真でさらに拡大して観察したところ、平らな板状であるべき巻線が、所々で反り返っていることがわかりました。その反り返って凹んだ部分が陰になって、黒っぽく写っていたのです。一方、肉眼で光りにかざしてみたときにピカピカ光って見えたのは、反り返って飛び出した凸部に光りが反射して、光って見えたのだと考えられます。
 指板の横傷は、平面であるはずの巻線が反り返って、その端が飛び出し、その凸部が弦の振幅と共に指板に大きな傷を付けたのしょう。その逆に、指板の横傷の多さから考えると、上記写真のように陰になって写るような大きな劣化部分以外にも、一見正常に見える部分の巻線も微妙に反っていて、指板に細かな傷を付けるのだと考えられます。
 なぜこのようなタイプの劣化が生じたのかなのですが、考えられるのは、「平面として巻かれた巻線を横に引き延ばしたために、構造的に何らかの歪みが生じて巻線が反ってしまった」という仮説と、もう一つは「弦の振幅によって隣同士の巻線端がぶつかり反ってしまった」という仮説です。しかし最初の「平面の巻線を横に引っ張ることで・・」というのは、巻線が反り返ってしまう説明が付きにくいのと、劣化している部分の大きさと頻度から可能性は低いと考えられます。一方「弦の振幅によって・・」という考え方は、例えば部分的に巻線同士の間隔が密着しすぎていたり、音程によって特に振動の激しい部分などにおいて、このような巻線の劣化が生じる可能性は高いと考えられます。
 最後に余談になりますが、上写真でE弦の指板上にも横傷が見受けられますが、それはE弦のサビによる傷ですので、今回の考察とは全く別です。


 

観察写真は順次追加していきます
 


 

 

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