マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

Q:楽器を構える姿勢で、演奏中にどうしても楽器が下がってしまいます。 〜 楽器の論理的な持ち方

A:これは間違った非論理的な演奏教育法からくる事が多いです。間違った知識で楽器を構えようとすると、悪循環になって、ますます楽器は下がってしまいます。しかし、楽器の持ち方を論理的、科学的に理解することによって、それまでの苦労が嘘のように解決できることもあります。

楽器を力で上げることはできない
 楽器を上手に弾ける人は既に忘れてしまっている事かもしれませんが、ヴァイオリン(ヴィオラ)をアゴで支えるという作業は並大抵のことではありません。特に初心者にとっては、不可能とさえ言えることなのです。
 しかし楽器を正しく構えない限り、最初の演奏練習さえ取りかかることができません。そこで本来ならばまずは「持ち方」の論理的な説明、実践から始まるところなのですが、そうでなく、単に「楽器が下がっている!」、「もっと上げて!」という事の繰り返しになってしまうのが現状なのです。なぜこれほどまで基本的なことが蔑ろにされているかというと、日本では演奏技術の実技や理論は音楽大学または個人レッスン時に教えるのですが、楽器の構造、理論に関してはほとんど教えることがありません。なぜならば、ヴァイオリン技術者(製作者)が評価されていないからなのです。従って、演奏者中心の教育法になってしまっています。
 さて話しは戻りますが、ヴァイオリンを力だけで上げようとしてもそう簡単に持ち上げることはできません。ここで簡単な実験をしてみましょう。

 まずは上の写真のように、自分の手がヤットコだと思って、楽器を指で純粋に上下から強く挟んで(指を寝かせてはいけません)みてください。そして楽器を力任せに持ち上げてみてください。たぶん、指や手首が攣りそうになるくらい、大きな力を必要とすることでしょう。もしかすると女性では持ち上げることすらできないかもしれません。
 これがまさに、楽器を力ずくでアゴで挟み込んで持ち上げようとしている簡略図なのです。すなわち、このような持ち方は不可能と思ってください。
楽器を上げろ上げろと言われると
 先のように、楽器を力ずくで持とうとしても楽器は上がらず、それどころか下がってしまいます。こうなると先生から「もっと上げて!」と注意されます。そうなると生徒はどうするかというと、試行錯誤の上で次の3つのパターンになることが多いです。殆どの場合には、そのパターンの中の複数の要素が組み合わさった持ち方になっています。
間違った持ち方「パターン1」
 間違った持ち方の最初は、楽器を力ずくで持とうとするひとです。こうすると楽器は上がらず、それどころか下がってしまいます。こうなると先生から「もっと上げて!」と注意されます。そうなると生徒はどうするかというと、さらに強い力で挟もうとするのです。アゴで楽器を強く挟もうとすればするほど、下写真のように頭が前のめりになってしまい。意に反して楽器は下がってしまいます。
 また強く挟もうとして、肩当ての高さをできるだけ高くセッティングしたり、またはできるだけ厚目のアゴ当てを装着しようとする人がいます。事実このような要望で私の所に来る人もずいぶん多いのです。しかし肩当てを高めにセッティングしても、厚いアゴ当てを装着しても、楽器を力で持ち上げようとする限り、解決策にはならないのです。



間違った持ち方「パターン2」
 次のパターンは楽器を横回転させて、肩と頬との間に挟みこむ持ち方です。肩の上に楽器を乗せ、頬で上から押さえ込むと比較的強い力で楽器を強制的に持ち上げることができるからなのです。このパターン2の持ち方の特徴は、楽器の指板の向きが顔の向き(鼻筋)と直角近くねじれていることです。その様な人の多くは、肩当ての装着が下写真中の上図のように、斜めに装着する特徴があります。もしも現在、このような向きの肩当ての装着の方がしっくりくる場合には、このパターン2の持ち方になっている可能性が大です。



 なぜパターン2の持ち方が良くないというと、弓が効率的に使えないという事です。下写真のように楽器を肩の向きに回転させてしまうと、弓先が届かなくなってしまうのです。例えば女性の方で、「私は腕が短いから弓先まで使えない」と諦めている人の中の多くは、腕の長さの問題ではなく持ち方の問題だったりするのです。
 もう一つ重要なのは、弦に対して弓が直角に当たらないという事です。楽器の音がスカスカしてしまうという方は、パターン2の持ち方であるために弓が弦に対して斜めになってしまい、効率的な摩擦力が生まれていないかもしれません。
 これらの要素はとても重要なことです。楽器の持ち方が弓の運動にまで大きく関わっているのです。



 パターン2の持ち方が良くない次の理由は「視野」の位置です。人間は自然な視野の範囲で良い仕事(高度で効率的な仕事)ができるのですが、楽器を回転させてしまうと、駒の位置が自然な視野から外れてしまいます。横目で見ると見えるのですが、これでは高度な仕事がし難くなってしまうのです。
 パターン2の持ち方からくる悪影響の最後は、駒の位置(弓毛と弦が接する位置)が高くなってしまうということです。これによって、手首が曲がって腕がぶら下がり気味になり、弓にかかる腕の重さがかかりにくくなってしまうのです。これは言葉で説明しにくいのですが・・・。



間違った持ち方「パターン3」
 間違った持ち方の最後のパターンは、楽器が下がるのを補正しようとするあまり、楽器を平行移動させてしまっている例です。下写真のように、アゴ当てを楽器の中心位置(テールピースの真上)に装着したり、さらには楽器の右側にアゴ当てを装着しようとする人もいます。
 このパターン3においても「パターン2」と同様、「不自然な視野」、「演奏の位置が上にずれることによる、腕のぶら下がり」、「弓先まで使いにくい」などの悪影響があります。もっとも、パターン2に比べると、その悪影響度合いは小さいとは言えます。

理論的な持ち方
 さて、それでは楽器の正しい持ち方を論理的に考えてみましょう。これもまた簡単な実験を行ってみましょう。皆さんもこの写真を見るだけでなく、是非ご自分で下写真のように楽器を手でもって試してみてください(これがとても重要なことです)。ご自分で実際に試してみると、この違いを身体で納得できるはずです。

 まず最初に、親指は単なる支えと思ってください。この親指の上に楽器を乗せるだけにして、そして次にアゴ当ての突起部に指を引っかけて、真横に引いてみてください。くれぐれも先ほどのように、ヤットコで無理やり挟むような操作はしないでください。びっくりするくらい、最初の実験(最も上の写真)と比べて力が必要ないということがわかると思います。これが楽器を構える理論です。
 同様のことを今度は肩当てを装着して行ってみましょう。さらに小さな力で楽器が自然に上がるのに驚ろかれたのではないでしょうか?このように楽器を持ち上げるのにほとんど力は必要ないのです。
 ちなみに、「肩当て」は楽器の厚みを増して、楽器を挟みやすくするための物ではありません(パターン1の悪い持ち方)。テコの原理における、支点と力点の距離(下写真では親指と人差し指との距離)を長くするためのものなのです。

アゴ当てと肩当ての重要性
 ここまでくるともうお気づきなったことでしょう。楽器を支えるためには楽器を支える部分と、楽器を引っかけて引っ張る部分が大切です。特に「肩当て」と「アゴ当て」があると効果的なのです。しかし、肩当てやアゴ当てが付いていれば何でも良いというわけではありません。この辺に関しましてはこの場では詳しく述べはしませんが、適切な肩当てやアゴ当ての調整が必要ということだけは理解してください。逆のことを言えば、肩当てやアゴ当てのセッティングの重要性を知らない人があまりにも多いのです。そしてそのような人は、肩当てやアゴ当てを効果的に使っていないので、楽器が旨く持てないということに繋がってしまっているのです。

間違ったアゴ当ての取り付け

正しい楽器の構え方
 楽器を正しく持つためには、まずはアゴ当てと肩当てを正しく装着することが前提となります。特にアゴ当てのセッティング(形と装着角度)は重要ですから自己流で行わずに、是非、専門家のところできちんと調整してください。次に大切なのは肩当ての意味を知ることなのですが、まずは「肩当て」という名前がいけません。肩に乗せるもの勘違いさせてしまうのです。肩当てとは「胸(鎖骨のつけね)当て」くらいに思っても間違いはありません。
 そして最後に重要になるのが「姿勢」です。これらがきちんとしていると、楽器を構えることはさほど難しいことではないのです。さて、下に重要なポイントを書いておきます。

*胸を張って、背筋を伸ばす。
*立って演奏する。
*必要以上に楽器を上げようとしない(きちんとした持ち方をしていると、楽器は下がりはしない)。
*ソリストなど、上手な人の堂々とした演奏姿勢を真似する。
*顔の中心(鼻筋のライン)と、楽器の中心(指板の中心ライン)を大体合わせる。

 このようにすることで、自然と「楽器を支える支点」、「アゴ当てを引っかける横向きの力」が生まれます。上でも述べましたように、この2つの力がきちんと働いていると、楽器を持ち上げるのにほとんど力は必要ないのです。逆に、楽器を下げようと思っても下がらないくらいです。

補足
 今回は「アゴ当て」と「肩当て」という事を強調して書きました。初心者の場合にはこれらの部品があった方が効率的に楽器を支えることができるのですが、必ずしも肩当てがなくてはならないというわけではありません。上級者の場合には、微妙な「胸の張り出し(または左肘を寄せる操作)」と「アゴの引き」で、肩当てがなくても同様の操作は可能です。しかし、肩当てを使う場合よりも微妙な力加減が必要になりますので、難しいことは確かです。
 時々ヴァイオリンの先生の中には、自分が全く不自由なく肩当て無しでも楽器を演奏できるので、初心者にも同様のことを当たり前のように求める人がいます。しかしこれはどうかと思います。初心者の場合には、原理的に、肩当を使用した方が持ちやすいことは確かだからです。
分数楽器の場合
 楽器を構える理論は、小さな分数楽器を使っている子供にも、全く同じく当てはまります。しかし、注意が必要です。小さな子供(1/32〜1/8くらいを使っている)の場合には、「大人の縮小版」という考え方で捉えるわけにはいかないのです。小さな子どもは、大人と比べて頭と身体、楽器の大きさ、アゴ当ての大きさの比率が違うからです。また、楽器の部品(特にアゴ当てと肩当て)も、フルサイズの部品の縮小版でしかありません。これでは役に立たないのです。
 従って、このような小さな子どもに正しく楽器を持たせるということは、とても難しい調整が必要になるのです。場合によってはアゴ当てにスポンジで加工して「引っかかり」を作ったり、正しい肩当てを装着したりすることが必要になります。この辺りに関しての詳しいことは、また次の機会に書きたいと思います。
最後に
 これまで、間違った持ち方のパターン1〜3までを説明してきました。しかしプロの演奏家の中にもそれらの持ち方(特にパターン2が多いです)をしている人はいます。しかし、それはそれで良いのです。基本がわかった上で、上手な人がどのような持ち方をしようが誰にも文句は言われません。それはあくまでも上手な人が、基本を知った上での話なのです。
 例えば、野球の王選手が一本脚打法でホームラン記録を作ったからといって、それを単純にまねしても悪影響にしかなりません。あくまでも大切なのは基本と理論です。その王選手でさえ、スランプの時には基本に戻って2本脚の打ち方をしていたくらいですから。・・・もっとも最近では、王選手のことを知らない人も多いのでしょうね。

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