魂柱の「きつさ(長さ)」の音への影響について

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗 
1990.7.16 「ヴァイオリンの音響実験レポート」より

魂柱を立てるきつさについて実験する意味
 魂柱は、ヴァイオリンの音を最も手軽に変化させる事ができる重要な部品であり、この調整方法はこれまでの製作者の長年の経験から、かなり正確に決められている。その要素は、魂柱の「位置」と「きつさ」の2つから成っている(魂柱の材質や直径などの物理的要因もあるが)。これらの2つの要素の内で、音色に大きな影響を及ぼすのが魂柱の位置である事は、これまでの経験から想像がついている。しかし一方で、魂柱のきつさの影響は、はっきりとした実験が行われていないために、その効果がどれほどなのかもあやふやなのである。
 魂柱を立てる位置は容易に変える事ができ、音を聴きながらでも調整する事ができる。しかし、魂柱のきつさは簡単に変える事はできない。なぜならば、いったん魂柱の寸法を決めてしまうと、魂柱の立つ範囲は必然的に絞られてしまうのである。例えば、強引にきつめに立てようとすると、魂柱の位置は自然と外側に立つことになる。従って同じ位置における魂柱のきつさの影響を調べるためには、異なる長さの、それも同じ材質の魂柱を用意し、それを寸分の違いもなく立てなければならない。しかしこの様な実験は不可能に近い。またそれほどの精度は必要ない実験といえども、非常な労力と高度な技術を必要とするために、魂柱のきつさだけによる影響力を調べた実験は非常に少ないであろうと考えられる。
実験方法
 魂柱の位置は全く変えずに、その長さのみを変える方法として、この様なネジ式の魂柱を作った。この魂柱はアクリル棒と、塩ビのナットからできている。雄ネジは上下で逆ネジになっており、中央のナットを回すと雄ネジがそれぞれ上下に延びる仕組みになっている。
 寸法は中央部と松材の直径が6.0mm、雄ネジの直径が5.0mmで、質量は1.05gである(ちなみにヴァイオリンの実際の魂柱の場合、直径は6.0mm、質量は長さ材質にもよるが約0.6g、材質は松材である)。ネジのピッチは0.8mmなので中央部のナットを1回転させると、この魂柱は上下に合わせて1.6mm延びる事になる。
 長さの調整はf孔から特製のレンチを入れ、中央部のナットを回すことで行ったが、この時、表板と裏板との接触部も一緒に回ってしまい、位置も微妙に狂ってしまうので、上下を表板と裏板に膠で軽めに接着する事にした。
 この様な方法により魂柱の位置を全く変化させないまま、魂柱の長さを変える事が可能となったのである。

 測定をする上で気になる事は、このネジ式魂柱の効果が実際の魂柱とどれほど異なっているかである。余りにもその音質がかけ離れていれば、せっかくの実験結果の意味もなくなってしまう。
 この様な意味から、まず普通の松製の魂柱と、このアクリル製の魂柱とで実際に弾き比べてみた(魂柱の位置は完全に同じではないが、できる限り同じように立てた)。その結果は、アクリル製である事を知らなければ、十分通用する程度の音色差であった。具体的に言うと、その材質の硬さからか、中高域にかけての音のぼやけ方が非常に少なく、音量も大きくなったように感じた。しかし逆の言い方をすると、音の出方がダイレクトになり過ぎ、耳障りなところとそうでない所との差が極端になった様な感じがした。
 この結果から、アクリル製のネジ式魂柱による実験は、それほど現実の魂柱とかけ離れたものではないと考え、実験を続ける事にする。

 実験は実際に音を出し、それを測定する実験と、弦をスポンジでダンプして、駒の上を叩いてタップトーンを測定する2種類の実験を行った。
 魂柱の長さは緩るめの状態から、きつめの状態まで数段階測定した。この時、最も短いときの状態と、最も長いときの状態では1.6mmの差がある(この1.6mmの差は、普通の魂柱調整における限界長であろう)。
 最も緩い状態の時を+0mm、そしてそれから+0.3mm〜+1.6mmとして測定した(標準は+0.8mm付近)。


魂柱の長さ実験結果
 実際に演奏しながらまず感じたのは、音に明かな変化はあるが、楽器のキャラクターは全く変わらないという事だった。この事はこれまでの経験や、いくつかの実験結果からもいえる事であり、予想通りであった。魂柱が緩めの時には「箱鳴り」の感じがし、低域の音量は大きいような気がする*1。G線のC音付近に空洞共鳴モードがあるらしく、魂柱を緩くすればするほど、そのモードが「ボーボー」という感じに発音した(箱鳴り)。
 一方魂柱をきつくすると、弦の張力が強くなったように(実際には同じ)音が引き締まったというイメージをまず感じた。そのために低域の音はボリューム感が減ったようにも感じた。しかし音がぼやけていない分、こちらの音の方がより好ましい印象を受けた。また中音域から高音域にかけては音量が明らかに増し、張りのある音となった。しかし少しつまり気味の発音をするようになった分だけ、発音がし難くなった音程が増えた。
1.タップトーン測定
 タップトーン測定は、スポンジによって弦をダンプした状態で、駒の上部を叩いた。この時、楽器の周辺の運動を妨げないように、ネックを手で持ち、楽器を浮かせたまま駒を叩いた。

魂柱長 +0.0mm(最も緩い状態) 図2

魂柱長 +1.1mm 図3

魂柱長 +1.3mm(かなりきつい状態) 図4

 これらタップトーンのデータを見ると、空洞共鳴モードの隣のモードが次第に増加し、しまいには見かけ上一つのモードになってしまったという事がわかる。また箱モード5(415Hz)の増加も目だつ。また、中周波数帯域の@は、モードの起伏が少なくなったように見える。これに対して高周波数帯域であるAでは、逆に増加している。しかしグラフのキャラクターは全く変わっていない。これは試奏で感じた事の証明になるであろう。
2.実奏による開放弦倍音成分測定
 実奏実験は、開放弦の音を実際に弓で弾き、それを50cm離れたマイクで測定したものである。

開放弦倍音 魂柱長+0.0mm 図5

開放弦倍音 魂柱長+0.8mm 図6

開放弦倍音 魂柱長+1.6mm 図7

 これらのグラフは、各開放弦の倍音の最大値を0dBとしてプロットしたために、それぞれの開放弦どうしの値は相対的なものとなっている。
 「実験報告23」でも述べたように、E線弦だけは少し特徴が異なってはいるが、その他は共通した倍音のピークや谷を持っている事がわかる。
 E線倍音の8kHz以上においてエリアシングモード(×印)が現れているのがわかる。これはこの楽器が、刺激的な音色をしているということの現れであろう。
 魂柱を3段階に長く(きつく)することによって、約5.3kHz付近の周波数帯のピークが次第に大きくなっていくことがわかる。逆に、3.6kHzの特徴的ピークは次第に減少している。
4・考察
1.音色の変化のまとめ
魂柱の緩い状態から、きつい状態へと変化させる事によっての音色の変化(実際に弾いてみた感じ)をもう一度ここにまとめる。
@魂柱が緩めの時
 「箱鳴り」の感じがする。低域の音量は大きいような気がする。G線のC音付近に空洞共鳴モードがあるらしく、魂柱を緩くすればするほど、そのモードが「ボーボー」という感じに発音した(箱鳴り)。
A魂柱がきつい時
 弦の張力が強くなったように音が引き締まった(堅い)というイメージ。そのために低域の音はボリューム感が減ったようにも感じた。また中音域から高音域にかけては音量が明らかに増し、張りのある音となった。しかし少々しつまり気味の発音をするようになった分だけ、発音をし難くなった音程が増えた(特にD線からA線にかけてとE線)。
 ここに上げたような変化が、実際に測定したデータ上に現れているのか、そしてそれを説明する事ができるのかが課題である。そこでまず、タップトーンにどの様な変化が起こったかを見る事にする。
2.タップトーンデータの考察
 タップトーンのデータは図2、図3、図4のグラフが実際の測定グラフである。しかしこのグラフだと測定データが細かすぎ、逆に混乱してしまうために、データの範囲をこれまでの経験から0dB〜-30dBと限定し、この範囲内のモードの頂点だけを選び出して新たにプロットし直したのが次の図8である。従って折れ線の最も低い部分も、モードがないという事ではなく、小さなモードが存在するという事を意味している。

魂柱きつさの違いによる、タップトーンの変化(0〜6kHz) 図8

 タップトーンのモードが約6kHzで急激に減少してしまう傾向にあるという事は、各楽器に共通した特徴のようである。これは実験報告23でも述べているが、図D〜図Fの開放弦の倍音成分の減小周波数とかなり一致している。
 このグラフは魂柱の緩い状態(+0.0mm)ときつい状態(+1.3mm)との比較であるが、丸印をつけた中高域におけるモードが、魂柱をきつくした事によって、一ヶ所の例外を除いて全て増大している。すなわちこの事が、演奏時に中高域成分がより大きく、音が堅めになったという事の説明となるであろう。興味深い事は、魂柱をきつくしたからといって新しいモードは生まれてはいないという事である。全て、すでに存在しているモードが増大している。もしも全く新しい位置に、新しいモードが生まれるとするのなら、ヴァイオリンのキャラクターも変わってしまうと考えられる。
 次は低周波数帯のいわゆる「箱鳴り」についてであるが、このグラフでは低周波数帯域がわかりにくいので、全く同じものを横軸だけ0〜2kHzとしてプロットし直した。
 グラフ中に「外部ノイズ」と書いてあるが、これはコンピュータのファンの音である。このノイズのレベルが二つのグラフどうしで同じという事は、これら二つのデータのレベル(dB)を直接比較しても良いという事を示している。この事により今回の実験考察では、データの直接比較が可能になっている。

魂柱きつさの違いによる、タップトーンの変化(0〜2kHz) 図9

 魂柱が緩い状態で「箱鳴り」がする原因として、まず空洞共鳴モードの周波数の変化が考えられる。すなわち魂柱をきつくする事によって、空洞共鳴モードの位置が次第に高くなっているのではないだろうかと考え調べてみた。しかし図9や図2〜図4を見ればわかるとおり、空洞共鳴モードの周波数変化には誤差内の変化しか見られない(図4では一見空洞共鳴周波数が高くなっているようにも見えるが、これは二つのモードが重なってしまったからである)。従ってこの仮説は消える。
 次に考えられるのは空洞共鳴モードのレベル自体の変化であるが、図9のグラフを見ると、逆に魂柱をきつくしたときの方が大きくなっているくらいである。これでは魂柱をきつくしたときの方が、箱鳴りがするという事になってしまう。従ってこの仮説も間違っているのだろう。
 実際に演奏してみると、この変化は大きなものであり、この現象の原因がデータに現れていないはずがないのである。実際に弾いてみた感じでは、明らかに空洞共鳴モード周辺に変化があり、魂柱が緩いときにはその周辺の音域が「ボーボー」と鳴る。従って空洞共鳴モードに原因が隠されているはずなのだが、どうもわからない。約700Hzの大きなモードの増大にヒントがあるのだろうか。
 次はD線〜A線にかけてのつまり音についてである。これはいわゆる「ヴォルフ音」と同じもので、詳しい事は「実験報告9、22」に書いてあるので省略するが、駒を弓で強制振動しようとしたときに、隣辺に存在する大きなモードがそのエネルギーを吸収し、駒に対して逆に微妙に違った振動を返すものである。従って駒は弦の振動数とモードの振動数によって唸りを起こす。この振動の特徴は、裏板や駒が異常に大きな振動をする事である。チェロやコントラバスの場合は楽器が大きいので「唸り」として聞こえるが、ヴァイオリンやヴィオラの場合には「つまり音」として感じる。
 魂柱をきつくした事によってこの「つまり音」が強くなったが、この原因ははっきりと現れている。約420Hzのモードが大きくなっただけではなく、新たに400Hzの大きなモードが生まれている。これらのモードが唸りの原因になるのである(なぜこの周辺のモードだけが唸りを引き起こすのかは、「実験報告22」に譲る)。
3.魂柱のきつさと振動モデル
 最後に、魂柱をきつくする事がどの様な仕組みによって楽器に影響を及ぼすのか、そのモデルを考える。
 今回のネジ式魂柱はその位置を膠で固定しているので、位置は全く変わっていない。従って魂柱の長さを変えたからといって、それまで振動の節に位置していたものが腹に変わるわけがない(結果としてそのようになる可能性はあるが)。従って音色に影響する要素としては、板の支点の変化による振動の具合の変化と考えられるだろう。
 表板は、魂柱と駒と周辺部の3点の力の吊り合いの元に支えられている。従って、魂柱をきつくするという事は、周辺部にかかる力の負担を魂柱側へ寄せるという事なので、表板からみた場合、魂柱の接触している部分の質量が見かけ上増えたという事を意味すると考えられる。
 次の2つの図は魂柱を限りなく緩くした状態(魂柱無し)と、限りなくきつくした状態(周辺部無し)のときの力のかかり具合と、表板の振動のモデルである。

 魂柱が限りなく緩いときには、魂柱の影響はほとんど無いはずで、駒の圧力は上図に描いてあるとおり、周辺部のみによって支えられ、その結果表板の振動は大きな振動モードを示すはずである。図の中では話しを分かりやすくするために振動パターンを最も基本的モードとして描いてあるが、実際には箱モード1(板モードでいえばモード5)の等高線状の振動パターンを示すと考えられる。

 一方魂柱が限りなくきついときには、周辺部分は無視してよく、表板は上図の様に、駒と魂柱のみによって挟まれ振動させられると考えられる。この様な状態では、駒の振動は魂柱によって妨げられ、そのエネルギーは周辺の比較的振動し易い部分において発散させられる。従って振動パターンは高次振動パターンとなるのではないだろうか。
 この様なモデルを考えると、魂柱を緩めた状態では低次モードが大きく箱鳴りがし、きつめの状態では低音が引き締まるという事の説明がつく。
まとめ
 今回の実験により、実際の音色の変化を実験データとしてある程度確認できる事がわかってきた。しかし疑問点は多い。  最もわからないのは、実際に弾いているときには非常に大きな変化なのだが、それを第三者として聞いたり、または測定したときにその効果がわからないという事である。この事はヴァイオリンの音響測定法の最も重要なそして基本的事柄であろう。ヴァイオリンを実際に弾かない研究者は、意外とこの事の重要性に気がついていないのである。
 例えばヴァイオリンの弾き比べにおいて、ストラディヴァリと新作楽器が聴き分けられないということを良く耳にするが、これは楽器の音色が同じであるためではない。事実演奏をしている人にとってみれば、その違いは明かなものであろう。この様に実際に弾いている人と、聞いている人とのギャップは大きいのである。
 ソ連のB.A.Yankovskiiはこの事について「7mの壁」として表現している*2。それはおおよそ7mを境として、音色の感じ方が変わるというものである。しかし私に言わせれば、「7m]どころか「30cmの壁」と言いたい。
 実際に弾いてみた感覚と、外から聴いた感覚とでは、それほど違うのである。今回の実験いおいて、改めて痛感させられた。
 たとえ聴衆にとって、その音色の違いがわからなくとも、演奏者にとっては音程のとり易さ、弾き心地よさ等の重要な要素である以上、これも立派なヴァイオリンの善し悪しである。高橋三郎さんの言う、この「顕微鏡的ヒアリング」の測定方法としては、ピックアップの接触による測定か、または西巻先生*3が提案しているように、駒の機械インピーダンスの測定が考えられる。
 現在私の行っている測定方法では、どうも実際に弾いているときの感覚ではなく、聴いているときの感覚の測定になっているようだ。これら二種類の測定方法は、測定結果が異なってくると思うが、それぞれ別の意味で、ヴァイオリンの神秘へと近づくはずである。

*1注意すべき事は、この様な「鳴り」の低域の音が、実際に聞いている人たちにとっても大きく聞こえるかどうかという事である。一般に「箱鳴り」の音は演奏している人にとっては大きく聞こえても、遠くまでは通らないと言われている。
*2参考 JSA journal '80-1,2月号より 高橋三郎「ヴァイオリンに想う」
*3東工大学名誉教授、1995年没。専門は電磁気学系だが、ヴァイオリン製作者の無量塔藏六氏と関係が深く、ヴァイオリンの音響実験も行っていた。