精密等厚線引き

1999年4月24日 ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

 ヴァイオリンの製作だけに関していえば、これから述べる「精密等厚線引き」等を使わなくても、技量のある製作者ならば良い楽器を作ることができます。しかし、一旦その楽器について考察しようとした場合には、「データ」無しにはいかなる理論や考察さえも意味のないものとなってしまいます。
 ヴァイオリン製作における「データ」表記方法には色々な方法が考えられます。例えば周波数測定、質量測定などがそうです。しかし、もっとも基本となる「データ」は、響板などの形(輪郭)と厚みのデータなのです。これらを測定することは当たり前のように取られていますが、いざ正確なデータを測ろうとする場合にはそう簡単なものではないのです。輪郭は、実際に響板を紙の上に置き、鉛筆で描くことができます。しかし、難しいのは厚みの測定なのです。

厚み測定の難しさ
 現代のヴァイオリン製作においては製作用測定器も進歩して、ストラディヴァリの時代には考えられなかったような正確な響板の厚みを測ることができるようになりました。従って、200〜300年前の目見当で削られた楽器とは異なり、現代のヴァイオリンの精度ははるかに高いのです(もちろん技術のある製作者の作った楽器での話です)。しかし、いざ実験・考察のための「データ」として厚みを測定しようとした場合には、話は簡単なことではありません。
 任意のポイントの厚みは、先ほどの測定器によって0.01mmの精度で測ることができます。問題なのは、そのデータをどうやって客観的に記録するかです。ほとんどの製作者は、中心線上、またはf孔の周辺など、自分の決めた数10点のポイントを測定しながら製作を進めます。そしてそれらの厚みを「データ」として記録するのです。しかし、私のこれまでの経験では、そのような記録方法ではあまりにも誤差がありすぎるのです。というのは、任意のポイント同士を結ぶ線の厚みが、あまりにも非連続的な場合が多いからです。これではとうてい「客観的」とは言えません。
 事実、自分自身で任意の数10ポイントのみを測定して厚みを完成させた後、後に紹介する「精密等高線引き」で測定すると、自分が想像していた厚みパターンとは異なっているので驚くほどです。このくらい、一般的に行われている「厚みデータ」とは、科学的な意味からは不正確なのです(各ポイントにおけるデータ自体は正確なのですが)。
精密等高線引き
 「精密等高線引き」とは、元々は私の師匠であるヨーゼフ・カントゥーシャ氏が考案し、現在も彼の製作理論の中心となっている測定機器です。
 以下に紹介するのは、その原理を応用して、私(佐々木朗)がより高精度で、そして作りやすくなるように改良したものです。もしもこの様な測定器を作ってみたい方は、参考にしてください。


 上写真はヴァイオリン製作においてはごく一般的なシュネルメッサー(精密厚み測定器)です。このシュネルメッサーを若干改良するだけで、「精密等厚線引き」が出来上がります。まず行うことは、計測器の主軸にネジを切ることです。改良するための具体的なテクニックをこの場で書いていてはきりがないので、この場においては最低限にします。
 ネジを切るときには、バイスにて主軸を固定しなければなりませんが、この時に主軸に少しも傷を付けてしまうと、後に主軸がスライドしなくなってしまいます。従って、バイスで挟む部分は、スライドとは関係ない部分(主軸の最も下の部分)を挟むべきです。こうすれば、少しぐらい傷が付いてしまっても影響はありません。なお、くれぐれも本体(時計の文字盤のような部分)を固定してネジを切らないよう注意してください。

上写真は改良前の主軸

ネジを切った後の主軸

次は、元々付いていた測定端を外し(簡単に外すことができます)、そこにシャープペンシルの芯を付けられるような器具をねじ込むことです。私の場合には、たまたまここにピッタリと装着できる製図用器具の部品(ドイツ「HAFF」製、製図用ケガキ針)を見つけ、その先端部分のみを切り落として利用しています。使用する芯は0.7〜0.9mm位がちょうどよいです。
 このシャープペンシルの芯を固定するためのアダプターは、あまり長いものではいけません。この部分があまり長すぎると、測定対象物の厚みが30mmを切ってしまうからです。こうなるとチェロなどの製作の時に使えなくなってしまいます。

改良前の測定端

シャープペンシルの芯を付けるアダプターをつけた状態

使い方
 響板の裏をまだ掘っていない状態において、表面の隆起状態を測定するためには、ごく普通に等高線引きとして使用します。この時には連続的な曲線が引けます。
 使い方が難しいのは、響板の裏堀り作業を進めながら、2.5〜4mm位の厚みの等厚線を測定するときです。この時の使用方法は、連続的な曲線を書くように芯をスライドさせるのではありません。芯が引っかかってしまいます。チョン、チョンと、点を付けるようにして点の集合としての等厚曲線を書きます。
 この様にして測定した曲線は、非常に精度の高い情報料を持っています。あまりの等厚曲線のガタガタさに、自分の製作技術にがっかりとしてしまう人も多いと思います。記録した曲線データは、響板をコピーすることによって紙に記録することができます。
 この様にして得た厚みデータこそが「客観的」と言える厚みデータなのです。このデータをその後どのように利用するかは別として、ヴァイオリンの実験・考察において上記の器具無しの厚み測定データは、ほとんど意味がないといってもよいでしょう。