膠の特徴と、作業方法

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

膠の種類と特徴
 膠には「骨膠」、「皮膠」、「魚膠」などの種類があります*1。膠の特徴は、これらの種類によっても異なりますが、それだけではなく、膠の精製度によっても異なってきます。
 膠がゼラチン質(コラーゲン)からできていることは、皆さんもご存じのことと思います。基本的には、不純物の多い膠は接着力が高い反面、腐りやすくなります。逆に純粋になるほど、腐りにくい反面、接着力も弱くなります。これは、より精製された膠の臭いが少ない事からも想像できることでしょう。ちなみに、膠を純粋に精製したものが「ゼラチン(無臭)」であり、その接着力も非常に弱いものです。
 一般に、日本で好まれる膠は、ヨーロッパで用いられる膠よりも純粋なもの(値段も高価です)が多いような気がします。これは梅雨時の腐敗を避けるためと考えられます。
 膠の長所としては、「非常に高い接着力」、「水との親和性」、「高い浸透性」、「ゆっくりとした硬化時間」、「再融解」等があげられます。これらの全ての要素は、弦楽器製作において無くてはならないものです。これは、弦楽器製作・修理のために膠が存在するのではないかと錯覚してしまうほど、効果的な働きをします。 欠点としては、「腐敗しやすさ」、「硬いために、刃物を傷める」等がありますが、これらはその長所に比べると微々たるものです。

*1抽出するコラーゲンは、骨の軟骨や、皮の下層部分に含まれています。そして抽出後の乾燥課程によって、「棒(三千本)膠」、「粒膠」、「粉膠」などに分類されます。従って、膠の形状と性質とは、直接は関係ありません。

膠の加熱
 膠を湯煎する温度は、80〜82℃くらいが良いとされています。これ以上高温で長時間湯煎すると、膠の成分は壊れて、接着力が落ちてしまいます。このため、膠を湯煎するためには、できればサーモスタット内蔵の電気式湯煎器を用いるのがよいでしょう。
 膠の性能を引き出すためには、必要以上に加熱しないことがコツとなりますが、そのためには使用する前日に膠を水でふやかしておくと、使用するときにすぐに溶けます。これで膠に必要以上の熱が加わることを防ぐことができます。
 膠を湯煎する時の膠と水の量は、ある程度多くなければなりません。というのは、膠が傷んでしまうのを勿体ながって、毎回少量だけ膠を湯煎すると、膠の水分が蒸発しやすいのです。すなわち、湯煎時に膠の状態が刻々と変化してしまいます。これでは最良の状態で膠を使用することはできません。また、少量の膠を湯煎する場合には、気が付かないうちに水が蒸発していまい、結果として膠を傷めてしまう可能性が高いのです。このような理由から、膠は多めに湯煎した方が良いのです。そして、余って、傷んでしまった膠を潔く処分する癖を付けることも大切です。
 ただ、少量の膠を理想的な状態で湯煎(溶解)できる可能性も無いわけではありません。それは電子レンジの使用です。ただ、この方法は「膠の量」と「加熱時間」を経験によってマニュアル化しなければなりません。ただ、この方法に慣れると、膠に必要以上に熱を加えないで、それも効率よく溶解することが可能となることでしょう*2

*2 私の知人の物理学研究者は、実験に使う少量のゼラチン質を溶解するのに、電子レンジを使用しているそうです。

水の量
 これは膠の種類、接着作業の方法、膠の新古、気候、作業目的によって異なります。従って一概に、こうとは言えません。 一般に、溶解したばかりの新鮮な膠の場合には接着力が高いために、水で薄めに溶解しても十分な接着力を保てます。逆に、何度も暖めなおした膠は接着力が落ちているために、新しいものよりも若干濃い状態で使用した方がよいでしょう。
接着の原理
 膠の作業方法を考える前に、「接着」の原理が理解できていなければなりません。そこで、接着においての重要な要素を書いてみましょう。
木材への染み込み具合
 膠に限らず、接着剤は接着材料表面に食い込む事によって、剥離を防ぎます。これがすなわち「接着」です。従って、この食い込み具合(木材と膠の場合には、染み込み具合と言った方がよいでしょう)によって、接着力には大な差が出ます。
 接着剤は基本的に塗った瞬間から硬化が始まります。従って、片面に接着剤を塗っただけでは、もう片面には接着剤が染み込みにくいのです。これでは高い接着力を得ることはできません。一般接着剤の使用説明書に、「接着両面に薄く塗って・・・」と書いているのはこのような意味からなのです。事実、木工用ボンドなどを片面だけに塗ってクランプで圧着した接着面を、後日、むりやり剥がしてみると、ボンドは片面にはあまり染み込んでいないものです。これは膠の場合でも同じです。
膠層の厚さ
 膠の層の厚さを操作することも大切です。というのは、膠の層があるということは、すなわち、後日分解することができるということだからです。分解するときに、接着面を傷めないということは、楽器の機械的性能の劣化を防ぎます。
膠の硬さ
 膠の硬さは、膠の種類と溶解度によって決まります。これは最初に述べたとおりです。そしてこれらによって接着力も当然異なってきます。しかし、ここで注意しなければならないことがあります。それは膠の経年変化なのです。
 接着力の要素は、大きく分けると二つに分けられます。一つは「初期接着力」、そしてもう一つは「長年経った後での接着力」です。弦楽器は短期消耗品ではないので、このような長い目で楽器を考えることは絶対に必要なことなのです。
 これらの要素は「硬度」と「柔軟度」とも言い換えることができるかもしれません。一般的に、初期接着においてガチガチに固めてしまった膠(濃い膠を大量に塗布した場合)は、後年ひび割れてしまっています。これはアマチュア製作者の膠作業に多く見られます。
膠の塗り方と、接着の種類
 膠付けの作業方法として、いくつかの方法が考えられます。そしてそれらによって、「接着」には微妙な差が出るのです。これらの方法を、製作の各所に的確に応用することはその後の楽器寿命にも影響が出るほど、大切な要因なのです。
密着後に火であぶる方法
 この方法の最大の特徴は、塗布する膠の濃さ、量に関係なく(もちろん、常識範囲内での話です)、接着面に対して膠がきちんと染み込むことです。結果として、図のように接着面の余分な膠は流れ落ちて、綺麗に密着します。すなわち、高い接着力を得ることができるのです。

 欠点としては、木材を火であぶるために、薄い部分などは熱によって変形してしまう場合もあることです。または、木材が焦げてしまうこともあります。
 製作における使用箇所としては、後日に再び接着面をはがす可能性の低い箇所、例えば「剥ぎ」、「継ぎネック」などに用いるとよいでしょう。
片面のみに膠を塗る方法(火であぶらない)
 この方法はあまりお勧めできません。というのは、膠が木材の片面にしか染み込まないからです。これでは高い接着力を得ることはできません。
 基本的に、熱い膠は、木材に塗られた瞬間に冷めてしまいます。従って、塗った面には十分に染み込むのですが、全く塗らなかった面には十分に浸透しません。これは、たとえ膠の量を多く塗ったとしても、効果は同じです。
 結果として、接着断面は下の図のようになってしまうのです。膠の厚い層ができてしまうのが特徴です。
両面に薄目の膠を塗る方法(火であぶらない)
 この方法は、密着後に火であぶらない場合の標準的方法です。
 先程も述べましたように、膠は塗布直後に硬くなります。しかし、両面に塗ることによって、木材の内部に、十分に膠が染み込むのです。そして下図の様に、膠の層もあまり大きなものとなりません。

 この方法の特徴は、「ある程度の接着力はあり、そして後日の修理時に剥がしたいと思ったときには、膠の層があるために、木材表面を傷めずに剥がすことができる」、というところでしょう。また火であぶらないために、木材を傷めないということも大きなメリットです。
 欠点としては、膠を両面に塗る煩雑さと、ある程度薄目の膠を調合することの難しさでしょう。両面に膠を塗るという作業は、大きな面積の箇所の接着(例えば、表板と横板の接着)時には、膠が冷えてしまうので難しいです。特に冬には深刻な問題となります。また、濃い膠を使用してしまうと、膠の層が大きくなりすぎて、接着力が弱くなるばかりでなく、膠の層が見えてしまうことは見た目にもよくありません。
塗布前の加温作業
 これまでに何度も書いてきたように、膠の接着作業において重要となるのは、的確な濃さの膠を、正しく木材に染み込ませるということです。このためには、膠の塗布前に加温作業が必要となります。これは特に寒い季節には大切です。
一般的な加温方法
 標準的な加温作業は、電熱器によって、木材の表面を暖める方法です。この方法のメリットは、その作業の単純明解さです。しかしデメリットもあるのです。それは、電熱器の熱が想像以上に強い割には、木材の表面しか熱すことができないということです。これでは、せっかく加温(加熱と言ったほうがよいでしょう)しても、すぐに冷めてしまいます。
 また、微妙な接着箇所(例えば、剥ぎ面や表板、継ぎネック・・・)の場合には、加熱している最中に木材が変形してしまうこともあるのです。
電子レンジの応用
 これについては、私が1989年12月、東京ヴァイオリン製作学校在籍中に書いたレポートがありますので、それを以下に添付しておきます。
 余談になりますが、これ以来、東京ヴァイオリン製作学校では電子レンジを実際に活用しているようです。



  「ヴァイオリン製作における電子レンジの可能性について」のレポート・・・省略


ホルマリン処理
 膠の使用方の一つとして、ホルマリンとの併用があります。これは化学反応によって、膠を速く固めたり、または強い接着力を求める場合に使用します。特に、耐水性が増すと言われています。しかし欠点として、硬化後の膠がもろくなってしまうことが上げられるのです。以前は弓のチップや黒檀、駒革の接着等に用いられたようです。
 現在は、瞬間接着剤を含む高性能な化学接着剤があるため、あえて膠を使用しなければならない箇所以外の接着には、このような化学接着剤が用いられることがほとんどです。すなわち、高い接着力、耐水性のみを求める意味からは、ホルマリンとの併用は必要ないと考えられます。
乾燥
 接着作業の後に、どれくらいでクランプを外してもよいのかは気になるところでしょう。答えから申しますと、一概にこうとは言えないというものです。一つだけ言えることは、完全な接着力を必要とするのならば、丸一日以上の硬化期間は必要ということです。
 しかし、製作過程の中ではそれほど強度のかからない部分の接着も多いものです。このような場合には、クランプを早めに外して次の作業へ進むということも重要です。
 私がドイツにいたときには、場合によっては1時間後にクランプを外すこともありました。気候の違いから、これをそのまま日本に当てはめることは危険ですが、日本でも梅雨などの多湿期以外には3時間ほど乾燥させるだけで一応の接着力はあるようです。

参考図書
 養賢堂 中戸莞二著 「新編 木材工学」
 化学工業日報社 「2067の化学商品」