マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

:駒を高くすると、音は強くなるのですか?

:この事も、間違った情報が浸透している代表例です。この答えを述べるためには、まずはなぜこのような間違った情報が生まれたのか、その誤解の仕組みを見ることが近道だと思います。

間違った情報が生まれた筋道
 この間違った情報が生まれるまでの筋道を、個条書きにて書いてみましょう。
  1.駒が低すぎる場合には、駒を交換して若干高いものにする。
  2.指板と弦の間隔がほんのわずかだが大きくなる。
  3.弦を押さえる力は、弦と指板の距離がわずかに広がっただけでも、ずいぶんと強い力を必要とする。
  4.上記の事柄を、弦の張力が強くなったと勘違いする。
  5.弦の張力が増せば、音の張り(強さ?)は増すはず。
  6.まとめると、「駒を高くしたために、音が強くなった」ということになる。
駒の高さと弦の張力
 先にも述べましたように、普通の駒交換の修理(駒を高くする)時には、それに伴って指板の角度も上げるということはほとんどありません。ですから必然的に、駒を高くすると、指板と弦の距離はわずかに広くなるのです。この距離は、正確に測ったことはありませんが1mmの何分の一か、または何百分の一でしょう。しかし、たったこれだけ弦と指板の距離が広がっただけでも、弦を直角方向に押し下げる力は、ずっと大きなものが必要となるのです。
 この変化は弦の張力の増加を表しているわけではありません。というのは、弦の張力はチューニングのピッチによって決まりますから(弦の種類を変えないことが条件)、駒を高くしたからといって、張力が大きくなるということはあり得ないのです(注1)

(注1):数学的に計算すると、たしかに駒を高くすることによって弦長が長くなり、それはすなわち弦の張力の増加を指します。しかしこのくらいの弦の長さの変化は、駒の歪みや傾きによって、いつも起きています。ですからこのくらいでは誤差の範囲と言ってもよいと思います。もちろん駒を2cmも高くすれば、「誤差」とは言えなくなりますが、そのような駒の修理は現実にはあり得ません。
駒の高さと、音色の関係
 さて、駒を高くすることによって音が強くなる(弦の張力が強くなる)訳ではないということは分かっていただけたかと思います。それでは実際には、駒を高くすることによってどのように音色変化が起こるのでしょうか?詳しいことは「駒の運動と魂柱の役割」に運動原理書いていますので、そちらを読んでいただくことにして、答を簡単に書きます。
 駒を高くすることによって、音は、原則的には柔らかく(弱く?)なります。これは大げさな例を考えれば、予想はつきます(注2)。例えば高さ1mの駒を立てたと考えてください。これでは、駒先端の弦の横振動はほとんど駒脚にまで到達しません。縦振動のみが到達する事になってしまいます。すなわち、音は弱くなるのです。
 ただし、駒を低くすればそれで大きな音が出るという単純なものではありません。楽器の構造的(強度的)問題、音色の問題などいくつもの要因を踏まえた上で、駒の高さは決定されるからです。

(注2):少々専門的な話になりますが、微少区分における変化量が線形な場合には、「大げさに考える」ことは決して見当はずれにはなりません。

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