マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

Q:楽器の性能の要素

A:当ホームページのQ&Aの第1番に「楽器の性能とは」を書きました。今回はその「性能の要素」をさらに深く掘り下げて書いてみましょう。

 ほとんどの方は「楽器の性能」と言うと、それは楽器自体が既に持っているものだと確信していることでしょう。すなわち、楽器店のショウケースに飾っている楽器を、お金と引き替えに購入した時点でその「性能」を手にしたと勘違いしてしまっているのです。もちろん全ての人がそうだと言うわけではありませんが、多くの人がそうなのです。しかし「楽器の性能」とはもっと別の要素が多く含まれているのです。

 下の円グラフで「性能の要素」を表現してみました。この「1/3」という数値自体は大まかなイメージとしての値(分量)と捉えてください。このグラフを見て頂ければわかって頂けると思いますが、楽器店で購入しただけでは楽器本来の性能の約1/3しか手にしていないのです。
 さて、これらの要素について詳しく述べてみましょう。

楽器本来が持っている性能(商品)
 これはわかりやすい内容と思います。すなわち、商品としての楽器の事です。例えば「製作の質」、「使用材料の質」、「購入時の楽器の健康状態」、「楽器のキャラクター」、「ブランドや付加価値」などです。当然の事ながら、購入者は高いお金を出してこの商品としての性能を購入するわけです。
 しかし何度も言いますが、この時点では楽器の本来の性能の約1/3しか手にしてはいません。皆さんの中にも、この状態でご自分の楽器を弾き続けている人がいるかもしれないのです。それは余りにも勿体ない事です。ご自分の楽器の性能を出し切っていないだけでなく、演奏や音楽自体の本来の楽しみがわからないからです。
高度な調整技術で築き上げる性能(調整)
 楽器を購入するときに、ほぼ全ての楽器店は「この楽器は既に調整していますので・・・」と言う事でしょう。しかし私の経験では、購入楽器のかなり多くが「未調整」と言っても良い状態なのです。というのは、高度な修理・調整技術というのはどこにでも転がっているわけではありません。楽器販売店の全てがこのような技術を持っているわけではないのです。それどころか、このような高度な技術で調整できる所は楽器店の数からするとかなり少ない割合しかないと言い切ってもよいくらいです。
 さらに、その高度な調整を施すためには手間もお金も掛かってしまいます。従って、販売楽器にそこまで手をかけていないで売っているというのが、私の経験上での話しですが、現状と言えるのです。
 この「高度な調整」というのは、何も技術力のある楽器店や工房で調整すればそれで済むという簡単な話ではありません。高度な技術、理論的な技術だけではなく、試行錯誤も含めて時間をかけて築き上げていくものです。すなわち、「継続的な調整」という意味も含まれています。このような調整が施されて、楽器の性能は更にアップするのです。

 例えば一番簡単な例を挙げると、楽器を他店で購入した人で駒や指板の調整が酷いのでそれらを調整すると、「こんなに弾きやすいものだったのか!」と驚く人はかなり多いのです。これは音の調整以前の調整の話しですが、たったこれだけでも今までの自分の楽器の価値観が変わるほどの事です。
所有者の意識、楽器との信頼関係、メンタル面(所有者)
 最後に挙げるのは難しい内容です。ほとんどの方はこの要素について意識していないようです。その要素とは「自分側」にあります。すなわち楽器の性能の1/3は自分自身の内面から作り出し、そして育て上げるものなのです。

 これも例を挙げてみると、例えば・・・、せっかく良い楽器を所有しているのにその楽器があまり高価でない楽器だったり、または量産楽器だったり、またはラベルのない楽器だったり、他人に威張れないラベルだったりすると、所有者が卑屈になっている事が多いのです。このような時に、その楽器の性能の高さをきちんと認識させ、そして上記の「高度な調整」の積み重ねと共に、楽器に対する信頼度がどんどん増していきます。そうすると、朗々とした自信に満ちあふれた演奏に変わっていくのです。その音の変化は、まるで楽器が変わったかのような変化です。
 別の例を挙げるとこのようなケースもあります。それはせっかく良い楽器なのに、楽器をまるで奴隷のように扱っている人です。楽器を「物」としてしか扱っていないと、楽器の声が聞こえてきません。このような時、「楽器のための良いケース」を購入したり、「正しいメンテナンス(手入れ)」の方法を実行したり、または定期的な点検・調整に出す事によって楽器に対する所有者の意識が高まってくるのです。そうする事で、これまで単なる「物」として扱っていた楽器が「相棒(パートナー)」に変わります。当然の事ながら、両者における音はまるで違う物です。

 これらの3つの性能の要素がピタリと重なると、まるで核融合が起きたかのような輝きが出るのです。これこそが本当の「性能」です。そしてこれはレベルの差こそあれ、どのランクの楽器においても、また、どの技術レベルの演奏者においても同じように言える事なのです。

最後に余談になりますが
 今回書いた内容は、「楽器を購入したら技術のある別の楽器店に持って行きましょう」と言っているのではありません。そうでなく、技術のある楽器店で相談し、そして購入してくださいという事です。技術のある楽器店は、そこに置いている楽器も技術的なプライドをかけたものばかりです。しかしその逆に、技術の無い楽器店の物は、売れればそれで良いという物がほとんどのはずです。そのような楽器は購入時には良いと思っても、後々後悔する事になるでしょう。
 多少高くても、または置いている楽器の数が少なくても、是非腕の良い修理・調整工房を持っている(通いや外注の修理者ではダメです)楽器店で購入するようにしてください。通信販売やネットオークションでの購入などは話しにならないと考えてください。


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