マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

:ドイツ製の「Meister(マイスター)・・・」作の楽器は、全て手工楽器ですか?


:ドイツでは、ヴァイオリン製作者になるためには国家資格が必要です。そして、その資格は次の3つに分類することができます。

製作者の分類
弟子・ヴァイオリン製作学校生徒
 これらは正確には、「製作者」とは呼びません。技術的にはかなり立派なヴァイオリンを作ることはできるのですが、社会的な意味合いからも、あくまでも「アマチュア」なのです。従って、彼らの作った楽器は「製品」ではないのです。しかし、これはあくまでも法律上の話です。技術のある弟子・生徒は素晴らしい楽器を作ります。
職人(ゲゼーレ)
 弟子・生徒の段階の最終試験(専門理論、専門実技)に受かると、ゲゼーレとしての資格が与えられます。これではれて一人前のプロの製作者となるのです。しかしこのゲゼーレの段階では、勝手に工房を設立することはできませんし、また弟子の教育をすることも禁止されています。あくまでもプロの職人として雇用される側なのです。余談になりますが、この期間が、本当の意味でプロとしての「勉強」の時期です。
 ほとんどの場合、ゲゼーレは雇用されている工房の楽器、すなわちその工房のマイスター・ラベル楽器の製作をします。
親方(マイスター)
 ある一定期間以上の、プロとしての経験を積むと、マイスター試験を受ける資格ができます。そして専門科目だけではなく、一般科目(簿記、経済、法律、少年心理学)の試験に受かって初めてマイスターになります。マイスターになると、完全に一人前として扱われ、自分の工房も持つことができます。当然、ほとんどの製作者は自分自身のラベルの楽器を製作します。
ラベル種類と、誰が製作したのか?
「マイスター」作
 いわゆる「手工芸楽器」です。しかし、マイスターだけによって作られたものである必要はありません。多くの場合、ゲゼーレの手伝いが含まれています。この「手伝い」の方法が重要です。本来のマイスター作品は、マイスター自身の管理のもとにゲゼーレを操作し、楽器を製作しなければなりません。すなわち、できあがった楽器が、自分一人で作ったものとほとんど同じでなければならないのです。このようにしてできあがった作品が、「マイスター作品」です。すなわち、手工芸楽器です。
「工房(ヴェルクシュタット)」作
 これはには2種類あります。ひとつめは「職人に任された作品」です。これは、製作方法的には完全な手工芸楽器です。腕の良い職人が作った楽器は、値段が安い割には素晴らしいの品質なので、ものすごくお買い得です。逆に、まだ未熟な職人が製作したものは、明らかに質の低さを感じさせます。
 ふたつめが「量産品」としての「ヴェルクシュタット作」です。当然の事ながら、同じ量産品の部類でも、手工芸作品に一歩も負けない素晴らしいものから、値段の安いものまであります。
「弟子・生徒」作
 弟子や生徒は、勉強のために、自分の余暇を利用して楽器を製作します。この楽器の品質も、製作者の技術程度によって、素晴らしいものから論外のものまで様々です。
 これらの作品の多くは、表面では売買されません。「商品」ではないからです。大体は、製作者が個人に知人に売ったり、または楽器ディーラーが個人的に交渉して買い取ります。従ってラベルには単に名前のみ書かれていたり(マイスターとは書かれていない)、ディーラーが買い取った場合には、ラベルを貼り替えてしまうこともあるのです(このような風潮は残念で仕方ありません)。
「マイスター」作の楽器は手工芸楽器か?
 さて、ご質問の答えです。「マイスター」と書かれている楽器は、基本的には手工芸楽器です。しかし、中には完全な量産楽器もあります。これは、本当ならば違反の事なのですが、どの程度の「ゲゼーレの手伝い」ならば良いのかどうかという基準は無いからです。従って、マイスターが「自分の完全な管理のもとに楽器を製作している」と主張すれば、なかなか反論できるものでもないからです。
 このように、「マイスター作」と書かれている楽器の全てが、手工芸楽器とは限らないのです。それどころか、例え正真正銘の手工芸楽器であったとしても、程度の低いものはたくさんあります。なぜならば、「マイスター資格」とはプロの製作者の、あくまでも最低基準でしかないからです。
 日本人でマイスターの資格を持っている人は、世界的に通用する技術の人ばかりです。なぜならば、言葉の問題など多くのハンディキャップを持っている日本人が、わずか5年弱程度、ドイツに乗り込んだだけでマイスター資格を取得するためには、そのくらいの高い技術が必要とされるからです(10年間もの長い間住んでいれば、話はまた違ってきますが・・)。 このように日本においては、「マイスター」=「名人」と考える人も多いのですが、ことドイツ人に関してはそのように考えるべきではないと思います。マイスターはあくまでもプロの製作者の免許証にしかすぎません。従って、製作のレベルは様々なのです(さすがにアマチュアレベルはいません)。
手工芸楽器=良い楽器とはかぎらない
 これまで何度も述べてきましたように、製作楽器には様々な製作の状態が存在するのです。そしてどれがもっとも良い楽器とは簡単には言えません。もちろん、確率的には「手工芸マイスター作」が良い楽器である可能性が高いのですが、あくまでも確率です。
 良い楽器は「ラベル」ではありません。従って、楽器を選ぶ上では、できるだけラベルを見ないようにする癖を付けるべきだと思います。ラベルのことばかり気にする人にかぎって、楽器本体を見る目がない傾向にあるからです(本人は目利きだと思っている場合がほとんどですが)。良い楽器を見分けるポイントは、楽器本体を見ることしかないのです。もしも楽器を見ても分からないのならば、信頼できる技術者、楽器店に任せた方がよい結果を生むことでしょう。

 私のもっともお勧めする「良い楽器の選び方」は、「楽器の目利きになるのではなく、技術者・楽器店の目利きになること」です。

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