マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

:ニスにはアルコールニスとオイルニスがありますが、この違いは何なのでしょうか?そしてどちらのニスが良いのですか?

:ニスに「アルコールニス」と「オイルニス」があることは、皆さんがよく知っていることです。そしてよく話題にものぼる事柄です。しかし多くの間違った情報がまことしやかに流れているのが現状なのです。
 「アルコールニス」と「オイルニス」、この違いは樹脂をアルコールで溶かすのか、それともテレピン油で溶かすのかの違いであり、内容物に大きな違いはありません。但し、テレピン油はアルコールに比べて樹脂を溶かす力が少ないために、溶解する樹脂の選択数が狭められます。そのような意味から、アルコールニスとオイルニスとの若干のキャラクター差が出てくるのです。

 ニスについての知識をちょっとかじった人には、「オイルニスの方が柔らかくて良いニス」と思いこんでいる人がいますが、それは間違いです。ニスの性能は下記の事柄で決まり、それはオイルニス、アルコールニスのどちらが良いというものではありません。

 1・初期柔軟度(柔らかすぎても、硬すぎても良くない)
 2・粘度の経年変化(体積の変化も含む)
 3・色合いの退色度合い
 4・ニスの塗り易さ
 5・ニス調合の再現性

 くどいようですが、良質素材、優秀な技術で塗られた2種類のニスは、性能的にも大きな違いはなく、見た目にも見分けはつきません。但し、下手な製作者の場合には別です。というのは、オイルニスはアルコールニスに比べて塗りやすいので、下手な人が塗った場合には、オイルニスの方が綺麗に出来上がるのです。しかし、技術のあるレベルでいえば、2種類のニスで仕上げの良し悪しに違いはありません。例えばある研究では、ストラディヴァリもニスの最終工程では赤色のアルコールニスを塗ったのではないかという事も述べられています。
 また、ニスの外見は、そのニス自体だけによらず、ニス表面の仕上げ方法によっても違ってくるので注意が必要です。一般的に「アメ色のニス」と表現されるニスは、アルコール、オイルの違いではなく、表面の仕上げ方法による違いなのです。この辺りについてはまた後に書くこととします。


オイルニスの特徴
 ・塗りやすい
 ・柔らかいニスを作りやすい(逆に言えば、ベトベトしやすい)
 ・溶解できる樹脂の数が少ない
 ・調合作業が、非常に大がかり
 ・イメージが良い
アルコールニスの特徴
 ・「塗り」に高度の技術が必要
 ・多くの樹脂を溶かすことができるので、色々な種類のニスが作れる
 ・比較的簡単に調合可能
 ・極端に柔らかいニスを作るのが難しい
 ・塗り作業中に湿度に敏感
 ・乾きやすい

 ニス塗りの回数ですが、人それぞれで10〜50回というところでしょうか。これも、何回に分け塗ればよいと言うものではなく、出来上がりの状態が全てです。
 私は、日本では無量塔蔵六氏にアルコールニスを習い、ドイツではカントゥーシャ氏にオイルニスを習いました。ですから、どちらかのニスに偏った感情はなく、客観的にこの文章を書いたつもりです。ちなみに現在は、新作にオイルニス、修理にアルコールニスを使用することが多いです。



 楽器を選ぶ上での一番大切なポイントは、「知識(それも中途半端な)」ではなく、実際の事柄です。例えばニス関連のことならば、この章の最初で書いたような「ニスの質」、「ニスの技術」などです。しかし変な先入観を持って楽器に接すると、本質が見えなくなってしまうのです。

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