マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

Q:ネックが下がってしまった場合、どのような修理方法があるのですか?

A:ヴァイオリン(弦楽器)には、弦によって過酷なほどの張力が掛かり続けています。従ってどの楽器でも、その張力が原因で、次第にネックや指板が下がってしまいます。すなわち、相対的に駒が高くなってしまうのです。そしてそれに伴って駒の高さを削って低くし、ネック下がりに対応した調整を繰り返すのですが、あまりにもネックが下がりすぎてしまった場合には調整の限界となってしまいます。そこで「ネック上げ」の修理が行われるのですが、この修理にはいくつかの方法があり、楽器の質、修理予算、楽器のその他の部分の傷み具合、修理期間、等の様々な要因を考慮して、その修理方法が決定されます。
 余談になりますが、ネックが下がる度合いは、楽器の製作精度、以前に行われた修理の精度、使用木材の性能、楽器の傷み度合い、弦の張力等によって異なってきます。楽器によっては半年間くらいで明らかにネック下がりを確認できるものもありますし、また、数年間もほとんど変化のないものもあります。

ネック下がり時の修理方法

継ぎネック
 これは一番本格的な修理方法です。詳しくは別の機会に書きたいと思いますが、ネックの竿部分を切り取り、新しいい竿を継ぎ足して再接着する修理方法です。この修理方法は他の修理方法と比べると、ネック付け根の一番力の掛かる部分を新しく作り直すことができるために、構造的・強度的に理想的な修理が行えるという点です。また、古いネックを取り去るときに、古いネックの胴体との接着部分を削り落として取り去る事ができます。すなわち、胴体部分を傷めないでネックを取り去ることが可能なのです。
 しかし欠点としては、非常に複雑な修理になるだけに、修理価格が高価になってしまうという点です。また、修理期間も必要とします。

ネックを部分的に外し、角度を修正
 この方法は下がってしまったネック付け根の裏板ボタン部分だけの接着を残し、それ以外の部分を外し、角度を修正してニカワで接着する方法です。この時にネックの付け根にクサビ状の「埋木」をします。
 この修理の特徴は、理想的に事が運んだ場合には、それまでの楽器の状態に大きな変化を与えずに、短い時間で修理ができるという点です。修理価格も低く抑えることができます。しかし欠点としては、ネックを外すときに、僅かに楽器が傷んでしまうことです。また無理な(急激な)角度修正を行うと、裏板のボタン部分が傷んでしまう可能性もあります。また、クサビがきちんと埋め込まれていないと、接着力が弱く、後日のトラブルに繋がってしまう可能性も高いのです。

ネックを完全に外し、角度を修正しながら再接着
 この方法はネックを一度取り去り、胴体側のネック接着部分を一旦埋めて、もう一度ネックの角度を調整しながら再接着する方法です。多くの場合、ネックの高さが足りなくなっていますから、ネックと裏板ボタンとの間に継ぎ足しをします。これは「ネックに下駄を履かせる」という表現をします。ただし、あまり高い下駄を履かせると、ボタンの直径が小さくなってしまいますので、この様な修理はすべきではありません。ネックの状態が良くない場合には、継ぎネック修理をすべきでしょう。

指板の下に下駄を履かせる方法
 この方法は「ネックを上げる」というよりは「指板を上げる」という方法です。修理の手間が一番掛からないために、低いクラスの楽器において用いられる修理方法です。
 この修理方法の欠点は「見栄えの悪さ」と「ネック自体の角度の問題」です。特に後者に関しては、この修理方法の致命的な欠点とも言えるでしょう。というのは、指板が一見あがったようでも、実際のネックの角度は上がっていないのです。このため、弦の張力に対して楽器の強度が保てず、更に「ネック下がり」が進んでしまう可能性があるからです。
 また楽器によっては、指板下に厚めの「下駄」を履かせすぎて、ネックが太くなり過ぎるという場合もあります。

どの修理方法が良いのか
 純粋に強度的なことだけを言えば、「継ぎネック修理」が理想的な修理方法です。しかし様々な要因を考え、あえてこの修理方法を採らないことも多いのです。すなわち、修理代金の多い(複雑な)修理が必ずしもベストとは言い切れないのです。
 この辺りに関しましては、修理方法をじっくりと技術者と話し合って、納得できる方法を採るようにしてください。何事も「事前の話し合い」が大切です。これが「納得」、「信頼」へと繋がるからです。

Q&Aに戻る