マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

Q:コンポジションの使い方を教えてください。

A:コンポジションとは、糸巻きの滑り具合を整える潤滑剤のようなものです。楽器店でもごく普通に売っている商品ですから、購入して、自分で糸巻きの調整を行っている人も多いようです。しかし、残念ながら多くの方が間違った使い方をしています。コンポジションの間違った使い方によって、楽器に致命的な損傷を与えてしまうということはありませんが、糸巻きの調子が逆に悪くなってしまったり、または付けすぎによって、楽器が薄汚れた感じになってしまうこともあるので注意が必要です。このような小さな不具合でも、長年の間には楽器にとって何らかのダメージを与えてしまう可能性があるからです。
 さて、「潤滑剤」というと、糸巻きの滑りを良くするものと勘違いしてしまいますが、実際には滑り止めの効果も必要です。従って以後は「調整材」と呼ぶことにしましょう。

糸巻きの調整材の種類
 糸巻きの調整材にはいくつかの種類がありますが、基本的には先に挙げた商品の「コンポジション」と、後は少々専門的になりますが「石鹸とチョーク」です。このコンポジションとは次の写真の左側に写っている製品で、茶色のクレヨンみたいなものを想像していただければよいでしょう。写真右2つは石鹸です。これは特に専用の石鹸というわけではありませんが、できるだけ固い石鹸が使いやすいのです。右端の写真に写ってる石鹸はヨーロッパのビジネスホテルでもらったものですが、このくらいの固くて「安い石鹸」の方がよいのです。その隣に写っている石鹸は、既に数十年間乾燥させてカチカチになったものです。これをチョークと併用するのです。

 よく、糸巻きの滑り止め材として松ヤニを塗っている人もいますが、松ヤニを塗ってしまうと滑り(粘り)が全くなくなってしまいます。従って、調整材として松ヤニを使うことは間違っていますので、使わないようにしてください。滑り止めの効果をするのは、チョークなのです。もっとも、チョークも石鹸も、単独で使うことはまずはありませんが・・・。
コンポジションの使用方法
 コンポジションの最大の特徴は、調合しなくてもそのまま使えるということです。この中には「滑り」の素と、「滑り止め」の粒子が適度な配合で入っています。このために、専門的な知識の無い方でも、塗るだけである程度は糸巻きの調整をすることができるのです。しかしコンポジションの正しい使い方をしなければ、トラブルが起きる可能性もあります。
 コンポジションの正しい塗り方は、次の写真のように、糸巻きと糸倉との接触面(摩擦によってピカピカ光っているはずです)だけに塗るということです。ベッタリと塗る必要はありません。チョンチョンとコンポジションを軽めに塗り、糸巻きを糸巻き穴に差し込んで「伸ばす」のです。そうしたら、もう一回同じ操作をしますが、次は糸巻きの接触面でコンポジションが行き渡っていない部分にまたチョンチョンと付けるのです。こうすることによって、必要な部分だけにコンポジションを付けることができます。

 時々、糸巻きの軸全体にコンポジションを塗りたくっている人がいますが、これでは糸巻きの美観、すなわち楽器の美観をものすごく低下させてしまいますので、絶対に行うべきではありません。また、このように不必要な部分にコンポジションを塗ると、無意識のうちにそれが手などに着いてしまいます。すると、楽器が汚れてしまうのです。付けすぎにはくれぐれも注意してください。消極的に付けるくらいが一番良いのです。
石鹸とチョークによる調整
 万能のようなコンポジションですが、欠点もあります。それは茶色の色が付いているので、楽器を汚してしまうということと、微妙な滑り具合の調整が利かないということです。このために我々専門家は石鹸とチョークとを併用して、その調整目的に合わせた粘度の調整材を作るのです。この方法はかなり専門的になりますが、楽器に汚らしい色が着かないために、コンポジションよりも悪影響は起こりにくいです。興味ある方は試してみてはいかがでしょうか。
 まずはコンポジションの塗り方と同じように、糸巻きと糸倉との接触面だけに、チョンチョンと石鹸を付けていきます。そして糸巻き穴に差し込んで回して、伸ばすのです。そして次は同じようにチョークを軽めに付けます。これも同じように糸巻き穴に差し込んで回してなじませるのです。こうすることによって、石鹸とチョークが混じり合うわけです。
 この作業を2回〜3回繰り返します。一度に行わないところがポイントです。この作業中に、もしも滑りを必要としている場合には石鹸を多めに(またはチョークを少な目に)塗り、逆に滑りすぎの場合にはチョークを多めに(または石鹸を少な目に)塗るわけです。くれぐれも塗りすぎには注意してください。消極的なくらいが一番良いからです。また、不必要な個所に飛び出して塗ることも絶対に避けてください。
 さて最後に、飛び出して塗ってしまった部分をティッシュペーパーで軽く拭き取ります。これで完成です。
拭き取ることも調整の一つ
 ここまでは調整材を「付ける」という調整方法を書いてきました。しかし、「拭き取る」という調整方法もあるということを理解すべきでしょう。そうしないと、ついつい付けすぎて、さらに悪化させてしまうこともあるからです。特に滑りすぎの場合には、一旦ティッシュなどで拭き取ってみてはいかがでしょうか?そして必要とあれば、そこから「付ける」調整を行えばよいのです。
糸巻きを頻繁に外す事への注意
 コンポジションなどの調整材で糸巻きの調整方法を覚えると、ついついやりすぎてしまう傾向にあります。しかしこれは程々にしておくべきです。というのは、弦を張ったり外したりすると、弦が切れやすくなったり、または駒が傾いてしまったり、最悪の場合には楽器に掛かっている力(歪み)のバランスに乱れが生じてしまう可能性があるからです。従って、糸巻きの調整のために、頻繁に弦を外すことは止めるべきです。調整は弦の交換時、またはよほど糸巻きの調子が悪いときと、割り切って考えるべきでしょう。

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