マイスターのQ&A

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

:裏板にある縞の模様は何ですか?また、音色的に重要なのでしょうか?

:客観的にヴァイオリンの特徴を語る上で、この「模様」はとても重要です。これは一般的に単に「杢(もく)」、または「虎杢」等と呼ばれている模様です。この模様のおかげで、ヴァイオリンの外観は「芸術的」とさえ言えるような美しさをもっているのです。そして、高価なヴァイオリンほど素晴らしい杢が入っていることが多いです。
 さて、このように杢による外観的な効果は誰しも理解できるところですが、はたしてそれがヴァイオリンの音響的に意味があるのか、皆さん興味があることでしょう。それを説明するためにも、まずは「杢」の仕組みを知ることが必要です。

「杢」とは
 まず第一に、「杢」と「木目」との違いを知らなければなりません。多くの方がこの二つを混同してしまっているのです。「木目」とは皆さんが良く知っているとおり「年輪」のことです。さらに拡張して述べるならば、樹の「繊維の向き」と言ってもよいでしょう。または「導管の向き」といってもよいと思います。これは樹の下(地面側)から上(空の向き)へ向かってはしっています。
 一方「杢」とは繊維の方向によってできるのではなく、樹の細胞(繊維)の配列が規則的にずれて並んだり、または偶発的に並んだりすることによって生まれる「模様」なのです。これは主に広葉樹に見られる現象で、その繊維の配列の特徴によって、丸い模様が現れたり(「鳥目杢」)、縞模様(「虎目杢」)が現れたりします。なぜそのような模様が生まれるのかは、あまり分っていないようです。杢の向きは、一般的に樹の中心から円周側に向かってはしっています。
 この様な模様のある木材は外観的な美しさで家具等によく用いられました。ヴァイオリンにおいてもこの様な木材(楓材)が用いられたのも、元々は美観的な意味が大きかったのだろうと考えられます。その証拠に以前は、裏板に楓材以外の杢の入っていない木材を使ったヴァイオリンもたくさん作られています。そしてそれらが、音響的に楓材を使ったヴァイオリンに比べて特別劣っているわけではないのです。

杢の深さと木材の強度
 ヴァイオリンに使用する材料において、「杢が深い」とか「浅い」等という表現が用いられます。実際にはその他にも「大きい、細かい」などの要素もありますが、今回は「深い、浅い」だけについて考えます。


 上図はヴァイオリンの裏板に使用する木材の一部分を拡大したものです。図の上は「杢の深い材料」で、下側は「杢の浅い材料」になります。この図を見比べると一目瞭然ですが、杢の深い木材は繊維の波打ちが大きいので、繊維が垂直方向に目切れているのです。これが杢の模様をくっきりと浮き立たせる仕組みなのです。しかし逆に、木材の強度的な意味では劣ってしまいます。事実、杢の深い材料を使った製作では、特に横板などの薄い部分では、下手をすると簡単に折れてしまいます。また折れはしなくても、杢に沿ってカクカクと曲げられた横板はよく目にします。
 このように杢の深さと木材の繊維と直角方向の強度の関係は反比例すると言ってもよいでしょう。
杢は有った方がよいのか、無い方がよいのか?
 杢の深い楓材は、上記のような欠点もあります。従って、程度の高い手工芸楽器において、あえて杢の入っていない楓材を好んで使用する製作者もいます。
 しかし杢の美しい楓材は、上記の欠点を覚悟で使うほどの意味があるのです。それは「美観」です。なぜそこまで「美観」にこだわるのでしょうか?それはヴァイオリンという楽器が、他の楽器や製品以上に、長い期間に渡って使用される特殊な楽器だからなのです。すなわち、私が常に「ヴァイオリンの性能は4次元で考えるべき」と主張していますように、時間軸が重要な要素になってくるのです。美しい楓材を使用したヴァイオリンは、実用品としてのみならず、工芸品のような雰囲気さえもあるのです。この様な美しい楽器は長い時間に渡って大切に扱われ、それは楽器の「機械的性能の劣化」を防ぎます。これによって実際の音響性能が向上するのです。
 楓材の杢の美しさは、長い期間という条件付きではありますが、確実に音にも影響するのです。
注意すべき事は
 楓材の杢が楽器の性能の大切な要素であるということを述べましたが、注意すべき事もあります。それは杢の深い楓材が即、良質な楓材ということではないからです。良質な楓材とは杢の深さ以前の問題なのです。専門的なことは書きませんが、木材の堅さ、木目の通り具合、ねじれ具合、乾燥の度合い等々、様々な要素があるのです。そしてそれらの要素は、直接音色に影響してくることなのです。
 「杢」はその次に考えるべき事なのです。もっとも、一般の方が、直接目に見える「杢」の事だけに意識が集中してしまうことはしょうがありませんが・・・。

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