マイスターのQ&A               

ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗


:高い弓と、安い弓では何が違うのでしょうか?


:まず最初に注意することは、単純に「価格」=「性能」ではないということです。10 万円以下の弓の場合には、基本的には価格と性能とは大体比例しますが、価格が高くなるにつれて、中には値段ほどの性能が無い弓も多くなっていきます。従ってこの質問は、「性能の良い弓と、悪い弓では・・・」というように置き換えさせていただきます。

 弓や楽器の初期性能は、「材質」と「製作精度」によって決まります。弓の場合にはその構造がシンプルなために、材質(木材)の影響を大きく受けます。ですから、弓の性能とはすなわち材質の性能と言っても過言ではないと思います。もちろんこの話が当てはまるのは、きちんとした(平均レベル以上の)弓製作者の場合であり、下手な弓製作者の場合は論外です。
 良い弓材質とは、「木目が真っ直ぐに通っている」などいくつか上げることができますが、一番重要な要素は「強い」ことです。すなわち、上質な弓とは「強い弓」なのです。このような強い弓のメリットを書いてみましょう。

強い弓と、弱い弓の毛の張り具合
 普及品の弓の場合、その木材質はどうしても強度不足です。ですから若干太めに製作するのですが、それでも限界があります。必要以上に太くすると、重くなり過ぎてバランスが悪くなるからです。このような弱い弓の場合、弓が弱いために、どうしても毛を目一杯張らなければ、毛が弓竿に接触してしまいます(以後、つぶれるという表現をします)。ですから、このような普及品弓を使っている人を観察すると、弓竿と毛が平行状態になっている場合が多いのです(下の図を見てください)。
 一方で、強い弓の場合には、弓の毛を目一杯に張らなくても、弓がつぶれることはありません。ですから、このような弓の場合には、弓竿の状態が曲線を保ったままで演奏できるのです。この差が重要になります。

         

重心の位置
 先に述べましたように、普及品の弓の場合、毛を目一杯張らなければ実用になりません。上の図を見ていただければ一目瞭然なのですが、これはすなわち、弓の重心が弦の位置よりも随分高いところに位置してしまいます。
 一方、上質弓では、弦の位置と重心の位置が近いところにきます。これは弓の跳ばし、または弓の繊細な取り扱いなどの「テクニック」に大きな影響を与えるのです。例えば大げさな例を考えてください。弓の毛と、竿との距離が30cmも離れていたら、弓の毛を弦にそっと乗せることさえも難しいですよね?
ボーイングと力のかかり具合
 弓と毛が平行状態に張られている普及品弓のボーイングは、弓竿を真横に引く感じになります。このような運動をさせた場合、どうしても弓が跳ねてしまうのです。
 一方、先程も述べましたように上質弓の場合には、弓は曲線状態を保っています。このような弓でのボーイングは、弓を真横に引く感じではなく、斜めに、まさに弓の曲線に沿ったように運動させることができます。このようなボーイングでは、自然に弓に圧力がかかるので、弓が飛び跳ねることがありません。これは「弓が吸い付く」というような表現をされたり、または「腕の重さがのる」という表現をされたりします。
 この弓の運動原理はとても大切です。逆に言うならば、せっかくの良い弓でも弓毛をパンパンに張りすぎていたのでは、弓が弦を抑える力は減ってしまい、結果として弓が飛び跳ねてしまうのです。従って正しい弓の毛の張り方は、「つぶれない程度に緩く」というのが正解なのです。もちろん個人の好みにより、これにはある程度の範囲があることでしょう。
その他のメリット
 上質木材の他のメリットとして、竿の「反り」が戻りにくいという事が上げられます。弓の竿は、元々は真っ直ぐな棒なのです。これを熱によって反らせるのですが、安い木材ほど反りが戻りやすいのです。上質木材ほど、反りを付けやすく、そして反りが戻りにくいものです。
 また、弓の太さの影響もあります。上質弓ほど「細く、しかし強い」弓です。このような弓は、持ったときに重心の「点」を感じやすいのです。しかし太くて柔らかい弓になるに従って、重心はボヤッとして感じにくくなります。これは弓の取り扱い(テクニック)に大きな影響を与えるのです。

 弓と楽器とを比べた場合、どうしても値段の高い楽器がメインに扱われます。予算をたてる場合でも、まずは楽器の予算から確保することでしょう。しかし良い弓無しに、演奏テクニックの向上は望めません。ですから、良質の弓を求めることをお勧めします。
 弓の選び方としては、基本的には新作弓が断然コストパフォーマンスに優れています。50万円以下で、最高品質の弓が手に入るからです。実用上は、20万円も出せば(選び抜かれた弓の話です)、上級者でも満足できるものが選べることでしょう。
 弓の場合には、古くなる事によるメリットが、楽器の場合よりも少なくなります。そして一方で、弓の傷み具合は楽器よりも修理が利かないものです。また、構造がシンプルな分だけ、その損傷は致命的になってしまうのです。このような意味から、良質の古い弓を求める事は難しいのです。実際に、良質な古い弓で、かつ、名前の知られている弓の数はずいぶんと少なく、そしてその値段はものすごく高価なものです。お金の有り余っている人以外には、私はお勧めしません。

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