タップトーン測定と実奏音測定との比較 〜 ヴァイオリンのヴォルフ音

2002.9.4 ドイツ・ヴァイオリン製作マイスター 佐々木朗

タップトーン測定方法と実演奏測定方法
 これまでにも何度か述べてきましたように、ヴァイオリン(弦楽器)の測定方法には様々な方式があります。これはすなわち、それだけヴァイオリンの音を測定するというのが難しいからです。さて、その測定方法の代表として、実際に楽器を弓で演奏しその音を直接測定する方法と、まったく対照的に楽器にパルス波を与えて、瞬間的に楽器を発音させるタップトーン測定方法があります。
 前者の方法の特徴は、ヴァイオリンの音そのものを測定、考察できるということです。これは感覚的にも理解しやすいですし、またその「実演奏音」の考察が研究の最終目標でもあるため、もっとも基本的でしかももっとも確実な測定方法と言えるでしょう。しかし欠点は、基本的に一音しか測定できないということです。しかしヴァイオリンの音の考察は、様々な音階(周波数)の音域について考察されなければなりません。従って、ヴァイオリンの全音域の測定をしようと思うと、無限回の演奏を繰り返し、測定を繰り返さなければならないのです。
 それに対してタップトーン奏法は、楽器に瞬間的なパルス波(理論的にはデルタ関数)を加えることによって、瞬間的にではありますが、楽器を全周波数帯域でドライブさせてしまおうという測定方法です。この測定方法は比較的とっかかり易いので、多くの研究の場で試みられています。しかし、この方法の最大の欠点は、測定される音が楽器から実際に出る音とかけ離れているということなのです。「カッツ」という測定音が本当に楽器の特徴を表しているのか?それが問題なのです。
タップトーン測定と実奏音測定の比較
 私は1988年以来、上記の2種類の測定方法を用いて音響測定を行ってきました。そして、今でもそうですが、これらの2つの測定結果の完全な因果関係を知ることが何よりも重要と考えています。しかし、これまでに何度かそれらの対比について考察しているのですが、未だに結論には至っていません。しかし、部分的には説明が付くこともあります。今回は一例として、ヴァイオリンのヴォルフ音についてタップトーン測定と実奏音測定の測定結果を述べてみましょう。すなわち、比較考察のための途中報告です。
対象楽器と測定方法
 今回の実験に用いた楽器は、ヴォルフ音の酷いヴァイオリンです。「ヴォルフ音」というとチェロというイメージが強いのですが、チェロと同様の音響原理でヴァイオリンやヴィオラにも出るのです。測定はまずヴォルフ音の酷い音(2番弦のc辺りの音)を弓で実際に弾いて、それをFFT解析してみました。実奏音は音階上の音を弾いたわけではありません。マイクから楽器までの距離は50cmくらいです。
 次に楽器を机の上に置き(肩当てを付けた状態で、裏板の振動を自由にしています)、弦の振動をダンプした状態で、駒上を細い金属の棒でタッピングしました。その「コツッ」という音をマイクで拾い、FFT解析しています。楽器からマイクまでの距離は30cmくらいです。

測定結果と考察
 上グラフのグラフの赤線のグラフが実奏音です。そして黄色い折れ線のグラフがタップトーン測定方法によるグラフです。黄色いグラフを見ると、約300Hzに「箱モード1(f孔共鳴モード)」が、そして約500Hzに「箱モード2」のピークが確認できます。その他にも、1KHz〜6KHzまでかなり大きなピークの箱モードも確認できます。
 さて次に赤い折れ線グラフを見てください。ヴォルフ音(約510Hz)と「箱モード2」とのピークが関連していることが判ります。すなわち、弦の振動によって箱モード2が励起し、唸り(ヴォルフ音)を発してしまったわけです。一方、箱モード1(f孔共鳴)の音域においてはヴォルフ音はあまり目立ちません。なぜならば、f孔共鳴の振動パターンと駒の運動パターンが極端な干渉をしないからなのです。この事に関しては、私が以前に別の項目において述べてきたとおりです。
 さて、ヴォルフ音のような特徴的なモードに関しては、タップトーン測定方法と実音測定方法の関連性があるということの説明が付きます。すなわち、実際に演奏してみなくても、ヴォルフ音の出る音域とある程度の強さがタップトーン測定によって予測できるわけです。これは2種類の測定方法の比較考察の第一歩として、とても重要なことです。

 次にもう少し踏み込んで考察してみるとどうでしょうか?黄色い線と赤色の線との因果関係を完全に導き出すことは今の段階では無理ですが、興味深い事も読みとれます。それはこの楽器の実測音質はかなり荒れた音なのですが、その原因がタップトーン測定のグラフにも現れているのです。
 まずは赤い折れ線グラフを見てください。倍音の大きなピークが数多く出ていますが、そのピークの麓にも小さなピークがたくさん存在します。普通の素直な音の楽器では、「倍音でないピーク」はここまで大きく現れないのです。この音が、「音の荒れ」となって感じるのだと思います。そして次にタップトーン測定法で測定した黄色い折れ線グラフと観察してみると、その「倍音でないピーク」の素が存在しています。いや、今の状況では「存在しているようにも見える」と言った方が正しいでしょう。これはこれからの実験において、その傾向を確認していくつもりです。
まとめ
 このように、私のこれまでの実験においても、そして現段階でも、タップトーン測定方法の結果と実音測定方法による結果を完全に結びつけるに至ってはおりません。しかし、10数年前と比べて実験精度が上がっているために、考察がしやすくなったことは確かです。以前の精度のFFT解析では、倍音成分の麓に存在するピークについて考察できるレベルではありませんでしたから。まだまだ不完全な考察ではありますが、実験測定の数だけ私の「音に対する理解」、「音に対するイメージ」、そして「音に対する疑問」がより深まっていることは確かです。